好みの彼に弱みを握られていますっ!
「そうしたいのは山々なんだけど……母と父の圧力でそこは無理っぽいんだ」

 溜め息を落としながら「春凪(はな)織田(おりた)にとっても、大事な嫁になってしまったからね」と付け加えたら、明智(あけち)があからさまに驚いた顔をした。

「《《織田にとっても》》って……。お前、そんなに従順な息子だったか?」

 こと、春凪が絡んだら僕が一筋縄ではいかないことをよく知っている明智らしい物言いに、僕は思わず笑ってしまう。

「まぁ春凪絡みなら尚のこと、僕は普通なら絶対に言いなりになんてならないよね」

 そこでグラスの中の黒ビールを一気に煽ってから、「酒ばっか飲んでたら悪酔いしそうなんだけど……僕たちの方にはつまみ、ないの?」と、空になったグラスを明智に手渡した。

「白ビール」

 黒ビールは少し癖が強いビールだ。
 お代わりするなら通常のビールよりも苦味が少なく、フルーティな甘みを感じられる白がいいと告げた僕に、明智は一瞬だけ眉根を寄せると
「ちったぁーペース落とせよ?」
 言いながらもお代わりのグラスとともに、冷蔵庫からエビとスモークサーモンの生春巻きを出してくれる。

 真ん中のところで一口大。斜め切りにカットされた生春巻きは、半透明な皮の中、紫キャベツやきゅうり、水菜、アボカド、トマトが一緒に巻かれているのが見て取れた。

「作り置きだけど味は保証してやる」

 生春巻きが六本分乗っかった皿とは別に取り皿かな? 小皿と箸を手渡された僕は、早速目の前に置かれたつまみを小皿に取ってから口へ放り込んだ。

柚子(ゆず)胡椒(こしょう)?」
 どうやら中にあらかじめ柚子胡椒入りのドレッシングが忍ばせてあるらしい。

 スモーク臭とともに鼻へ抜けた爽やかな柚子の風味と胡椒の刺激を、素直に美味いと思った。

「後付けで柚子レモンソースを掛けて食うのも美味い。――ま、今回はお前相手だから作んねぇけどな」

 ククッと笑う明智(あけち)に「僕相手でも作れよ」と言ったら「腐れ縁のくせに他のお客さんやほたるちゃんたちと同じ扱いなんて期待すんな」と笑い飛ばされてしまう。

(本当、こいつのこういうところ)

 明智の、僕に対しても遠慮のない裏表ない態度が、普段織田(おりた)御曹司(おんぞうし)という色眼鏡で見られがちな僕にとっては新鮮で逆に嬉しかったりする。
 そんなことを言ったら、目の前の悪友は嫌な顔をするだろうか。
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