好みの彼に弱みを握られていますっ!
『――私、お義父(とう)様やお義母(かあ)様に指摘された通り、うまく気持ちを伝えられる自信がありません。だとしたら仕事は諦めた方がいいかなって思うんです』

 うちの親たちから『妊娠中は、貴女の判断がお腹の子の命運も分けることになるからね』と(さと)されたらしい。

 ギュッと僕の手を握って、僕が大好きなくっきり二重の大きな目で『私、宗親さんとの赤ちゃんが欲しいんです』と見つめられたら、心臓を鷲掴(わしづか)みにされたみたいに苦しくなって、心の底からその願いを叶えてあげたいって思ったんだ。

 惚れた女性が自分の子供を産みたいと言ってくれる。人生でこれ以上の幸せがあるだろうか?

 そう思っているのは確かなのに――。



「なぁ、織田(おりた)よ。彼女がそれで良いって言ってんなら何の問題もねぇはずだろ? なのにお前ときたら。――何でそんな浮かねぇ顔してんだよ?」

 明智(あけち)の至極まともな指摘に、僕は小さく吐息を落とした。

 そう。何も問題はないはずだよね。

 けど――。


「それは……お前が僕の立場になってみりゃー、イヤでも分かるさ」


 僕らはまだ新婚だ。
 愛しい春凪(はな)と二人きりの時間を全然堪能し切れてないとか、仕事中も今まで通り春凪の顔を事あるごとにチラ見したいとか……。
 そんな時間をまだまだもう少しばかり長く持ちたいというワガママな男心、少しは分かって欲しい。





「――で、例の男。どうなりそうなんだ?」

 苦々しい気持ちでビールを飲んでいたら、不意に明智(あけち)からそう問いかけられて、僕は小さく吐息を落とした。

「日本の警察は優秀だ。幸いあの男に()られた指輪はオーダーメイドの一点ものだったし、すぐに足がついて捕まったよ。ただ――」

 事件があった翌日、僕は懇意(こんい)にしている宝石店オーナーの珠洲谷(すずや)さんにすぐ電話を掛けて。
 発注した婚約指輪の最終デザイン画の複製書類をなるべく早く準備してもらえるように頼んだ。
 それを持って即行警察や古物商なんかに根回しして、同じデザインのリングが市場に出回ったらそれを持ち込んだ人間を一網打尽に出来るよう手配したんだ。

 春凪(はな)から途切れ途切れに聞いた話から、あの男が金に困っていたことは分かっていたし、遅かれ早かれ指輪を現金化しようとするだろうことは容易に推察出来たからだ。
 だけど、あの男。僕が思っていた以上に相当ひっ迫していたんだろうな。
 予想よりかなり早くに動きがあって、捕まるの自体は相当早かった。
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