好みの彼に弱みを握られていますっ!
 奪われた指輪を手元に取り戻すのも比較的早くいけたものの、春凪(はな)に手渡すまでに時間を要してしまったのは、電話で珠洲谷(すずや)さんにお願いしていたもう一つの書類――指輪のリメイクに関わるデザイン画が仕上がるのを待っていたからに他ならない。

 春凪の性格からして、あんなことがあった指輪を何事もなかったように身に着けることが出来るとは思えなかったから。

 僕が春凪の幸せを願って贈った指輪(もの)が、春凪を悲しい気持ちにさせてしまうアイテムになるのは悲しすぎる。
 春凪自身のためにも、あれを別のものに生まれ変わらせることが出来るよと示すことは、春凪に指輪を早急に手渡すことよりも僕にとっては重要なことだったんだ。


「あの男、僕としては八つ裂きにするか……それが無理でもせめて無期懲役くらいにはしてやりたいんだけど……。さすがにそこまでは無理だろうって弁護士から言われた」

 弁護士の言うことはもっともだと思うし、それが妥当な筋だと分かってはいてもやるせない気持ちはどうしても付きまとう。

 あの日、僕は傷ついた春凪を嫌と言うほど見せつけられたのだから仕方がないじゃないか。


 それと同時――。

「あの時さ、明智(あけち)が坂本さんと付き合うことになってくれて本当に良かったって思ってるんだ」

「あ? 何だよいきなり」

 急に話の矛先(ほこさき)を変えたから、何を言い出すんだ?と思ったんだろう。

 明智が僕の方を怪訝(けげん)そうな顔で見つめてきた。


「煮え切らない態度の情けないお前をけし掛けたのは確かに僕だ。けど、明智があのとき僕の忠告通り素直に動いてくれたお陰で春凪(はな)が立ち直るきっかけをもらえた。――そのことを僕は本気で感謝してるんだよ」

 明智と坂本さんの幸せいっぱいのニュースが、暗く沈んでいた春凪の心を泥の底から引き揚げて笑顔にしてくれたのを、僕はつい先日のことのように覚えている。

「別に礼を言われるようなことはしてねぇけど……。でも、まぁあの子はそういうタイプだもんな。少しでもお前の嫁さんが立ち直るきっかけになれたってんなら良かったよ」

 明智が、手にしていたグラスを空にして、「新しいの何にする?」と、先に空っぽになっていた僕のグラスを指さした。

 さっき飲むピッチを落とせって言ったくせに、まだ飲ませる気なんだな。

 そう思ったら何となくおかしくなって、口の端に微かに笑みが浮かんだ。
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