婚約者に裏切られたその日、出逢った人は。
第2章
「松村くん、こないだのS社の件はどうなってる?」
「先方に確認して、修正済みです」
「それと、L商会の件は」
「明日、見本を持って行くことになってます」
「そうか、頼むよ」
はい、と朝海が応じると、上司である部門長が離れていく。それを確認するやいなや、朝海はデスクのパソコン画面に向き直った。
ここは、大阪の中心地からは地下鉄で数駅離れた所にある、インテリアデザイン全般を請け負う会社。朝海は新卒からここに勤め、今年で六年目。内装部門のデザイナーとして経験を積み、先輩の指導が外れた二年前からは一人で担当する仕事も増えた。
さらに、この四月からは新入社員の教育も引き受けているため、毎日が忙しい。
「さてと、どこまで教えたっけ」
「このページまでです、松村さん」
「ああ、これは見本があった方がわかりやすいかもね。資料室から取ってくるから、ちょっと待っててくれる?」
「わかりました」
新人の返事を確認し、朝海は椅子から立ち上がった。
階段で一階下に行き、資料室で目的のものを探し、手に取る。
「すみません、これ持ち出します」
係の社員に声をかけて、資料ナンバーと氏名を貸出簿に記入して、資料室を出た。フロアに戻ると、外回りから戻ってきたらしい同期に声をかけられる。
「忙しそうね、松村さん」
「田崎さん、お疲れさま」
田崎千穂は営業部門のホープである。仕事を売り込み、獲得する手腕は男性以上と言われるが、彼女自身はその評価をあまり気に入っていないようだった。「だってそれって、基本的に男の方が優れてるって考えを持ってる人が言うことでしょ。仕事に性別は関係ないじゃない」と。
「久しぶりね。新年度になってからほんとに忙しそうだけど」
「うん、同時進行の件が四件あるし、新人教育もやってるから」
「仕事好きなのはわかるけど、そんなに背負って大丈夫?」
「田崎さんこそ、人のこと言えるの」
「あは、まあね」
お互いの顔を見て笑い合い、そういえば、と千穂が話題を変えた。
「最近、京都に行ってきたんだって?」
「え、……なんで知ってるの」
「内装の子がお菓子をお土産にもらったって、うちの後輩経由で」
ああ、と理解する。内装部門の後輩のひとりが、営業の男性と付き合っているのはうっすら知っていた。
「今だったら桜が綺麗だったでしょ。どこに行ってきたの」
千穂は旅行好きで、大学時代から休みのたびに日本各地を飛び回る勢いで旅していたらしい。