婚約者に裏切られたその日、出逢った人は。

 ホテル業だけでも創業七十年の老舗企業として名が通っているが、ここ二十年ほどは飲食業やテーマパークの運営にも手を広げており、成長著しいグループ企業となっている。
 四ノ宮グループの仕事を請けられれば一流の証、そんな通説がまかり通るぐらいだ。
 本来、朝海が勤める『オフィスLa Belle』のような、さほど大きくもない会社に話が来るはずもない案件だ。
 だが、朝海が目を見開いたのは、それだけが理由ではなかった。
 ちりりと、ざわつく肌の感触に耐えて、朝海は部門長に尋ねる。
「どうしてうちに、そんな話が? 四ノ宮ぐらいの企業でしたら、すでにどこかの大手と専属契約していそうなものですが」
「その通りだ。だからこの話は、正確にはプレゼンの対決で決まることになっている」
「だとしても、なぜうちに話が来たんでしょう」
「改装を考えているのが大阪地域のホテルということと、うちの最近の成果を見込んで、だと聞いている。どうやら若社長が、君が担当した案件をいくつか見学して決めたらしい」
「私の?」
 部門長が挙げた数件の内装は、確かに朝海がデザインした仕事だ。施工にも立ち会わせてもらい、自分では満足のいく仕事ができたと思っていたし、依頼側の評判も良かった。
 その仕事を、世間に名をとどろかせるグループの幹部に評価されたとあっては、気分が良くならないはずがなかった。だが浮かれそうになる気持ちを引き締め、浮かんだ疑問を朝海は口にする。
「若社長って、あそこの社長、変わったんですか」
「ああ、去年にな。前社長はまだ引退していないが、ホテル業は息子に任せることにしたらしい。まだ三十過ぎだが、有能な人物だそうだ」
 国内外に数十あるホテルの経営を三十歳そこそこで任されるとは、前社長の息子とはいえずいぶんと買われているものだ。その分、重圧も並大抵ではないのだろうけど。
「それで、私は何をすればよろしいんでしょうか」
「社内で作るプレゼンの班に、内装部門を代表して参加してもらいたい」
「代表……」
「三日後に、四ノ宮の若社長が正式に、立案の依頼に来る。その時に班のメンバーとも引き合わせるから、明日にはメンバーで顔合わせをして、計画の大枠を決めていってほしいんだが」
 では明日と明後日の二日で、大まかにとはいえ、こんな大きな案件のプランを考えないといけないのだ。当然、他の仕事と並行してになるから、あまりにも使える時間は少ない。
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