婚約者に裏切られたその日、出逢った人は。

 朝海の質問に、聡志は目を見開いて、おやという表情をした。
「なかなか鋭いことを聞くね」
 その返答に、朝海の頭の中が沸騰する。推測が当たっているというのか。
「──どういうことですか」
「まあ、正直に言うと半分は当たってるよ。君のことは興信所に依頼して調べてもらったんだ」
 あの日、会話する中で朝海は名字を明かしたし、大阪で内装デザイナーとして働いていることも話した。その情報と顔写真があれば、調査のプロならば調べるのは難しくないのかもしれない。
 だが、勝手に個人情報を調べられたと聞かされて、気分が良いわけでもない。しかもそれをおこなったのが目の前のこの男だと知り、朝海は混乱を極めた。
「ただし、仕事を頼もうと思ったのは純粋な気持ちだよ。君の会社と君が、きちんとした仕事をしていると確信できたから」
「……どうして」
「ん?」
「私のこと、調べたりなんか」
 ああ、と聡志はひとつうなずき、
「好きな女性にまた会いたかったから、という理由じゃダメかい」
「っ、からかわないでください!」
 朝海が思わず叫ぶと、聡志は心底不思議そうに首を傾げた。
「からかってなんかいないよ。あの夜も言っただろう、好きだって」
「……そんなの、忘れました」
 しぼり出すような声で言った朝海を、ますます不思議そうに聡志は見つめてくる。
「もしかして、信じてくれてなかったのかな」
「信じられるわけ、あると思います?」
 一目惚れという言葉も、そういう現象があることも知っている。
 けれど自分がそんな対象になるはずがない、と朝海は思っていた。ましてや、聡志みたいな完璧すぎる男性が相手では。
 美人と言えるような華やかな顔立ちではないし、身長は低くないけど高くもなく、スタイルも平均的だ。聡志なら、良家のお嬢様から有名人に至るまで、綺麗な女性を飽きるほどに見ているだろう。
 そんな彼が、明らかに庶民育ちの、ごく平均的な容貌でしかない朝海のような女を、本気で好きになるわけがないのだ。たとえほんの少しの真実味があるとしても、あの日の不意の出会いが、彼に朝海を少しばかり珍しく思わせているからに過ぎない。
 目をそらし、頑なな様子で口を引き結ぶ朝海を見て、聡志は「ふむ」といったふうに顎をつまんだようだった。視界の隅に入った動きからの推測だが。
「まあ、いいか。だったらこれから信じてもらうまでだよ」
 妙な宣言を聡志が放った時、車は、ホテルと思われる場所のロータリーに到着した。
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