婚約者に裏切られたその日、出逢った人は。

 コックが自信たっぷりに請け負う。四人掛けテーブルの椅子を聡志に引かれ、座らされるままに腰を下ろした。向かいに回った聡志も席に着く。
 すでに用意されていたのだろう、すぐに前菜が運ばれてきた。テリーヌやカルパッチョなどが少しずつ並べられているプレートだ。5種類ほどの前菜の配置と色合いが、非常に食欲を刺激するように考えられている。
「きれい」
 思わず口に感想を出すと、聡志が満足げにうなずくのが目に入った。
 そういえば、と感じた疑問を彼に投げる。
「ルームサービスじゃなかったんですか」
 朝海が考えるルームサービスは、すでに出来上がった料理が一式で届く形だった。
 同じことを想像したのか、聡志が「ああ」と納得したように応じる。
「いろいろあるんだよ。今回のは、正確に言うならVIP限定のシェフ出張サービスかな」
 VIP限定、と聞かされて、腰が落ち着かない気分になった。もちろん、そんな歓待を受けたことなど人生で一度もない。
 思わず、プレートの料理と調理するシェフを見比べてしまうが、朝海のそんなそわそわした様子に、聡志は何も言わなかった。ただ穏やかに微笑んで、革張りの細長い冊子を見ている。
 近づいてきたシェフに、聡志が注文を告げる。
「食前酒はこれ、ワインはこれで頼む」
「承知いたしました」
 どうやらアルコールメニューを見ていたらしい。ほどなく、テーブルのグラスに薄く色のついた、透明な液体が注がれる。
「君の仕事がうまくいくように。そして僕らの再会に、乾杯」
「……かんぱい」
 やけに朗々とした声で言った聡志に合わせることはできず、朝海はか細い声で応じた。自信の無さがあからさまに出てしまったのを、彼はどう思っただろうか。
 再会に乾杯、だなんて──あくまでも仕事上なのに。
 朝海はそう考えて、騒ぐ鼓動をおさめようと努力した。この歓待ぶりにそれ以上の意味があると考えてはいけない、と。
 向かいの聡志が前菜に手をつけるのを見て、朝海もフォークを手に取る。カルパッチョの白身魚をすくい、口に入れた。
 美味しい、と咀嚼してからつぶやく。魚が好きなので、この鯛がどれだけ新鮮で良いものか、おぼろげながらわかる。もちろん、他の前菜も文句ない味付けだった。
 キッチンから漂ってくる良い匂いに、この後の料理が楽しみになる。
 前菜を終えると、次はスープ、ほうれん草のポタージュが出てきた。
 その次は魚料理だ。
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