婚約者に裏切られたその日、出逢った人は。

 そのため、改装業者の再考が会議で取り上げられた。元の会社は担当者を変えた上、他社とのプレゼン対決で勝てば専属契約を継続する、と決まったという。
 その結果、大阪のホテルの契約を勝ち取ったのは『オフィスLa Belle』だった。
 実際に改装が進んだのはまだ一部、シングルルームとロビーの内装のみだが、グループ内部でも利用客からも「落ち着ける雰囲気が増した」と好評らしい。
 朝海の会社さえ良ければ、今後改装する予定のホテルに対する立案もお願いしたい。社長直々にそう連絡をしてきたと聞いている。
 ──半年前以来、聡志は、大阪に来るたびに朝海に連絡をしてきている。
 再会した日の翌朝、携帯の番号とメールアドレス、メッセージアプリのIDを交換したのだ。
 彼は、グランドホテル大阪の視察を名目に、月に一度か二度、大阪を訪れている。先月などは三度も来阪して、そんなに何をチェックすることがあるのだろうと思った。
 だが聡志と会う時、仕事の話はあまりしない。現在進行形で契約中の相手だし、プライベートな時間までを仕事に費やして楽しいと思うほど、朝海は仕事人間ではなかった。意外と言うべきかむしろ当然なのか、聡志も、オンとオフはきっちり分ける主義らしい。
 それに、二人でいると、食事や買い物以外の時間は部屋にこもっていることが多かった。ホテルの部屋の時もあれば、聡志が大阪での拠点に借りているマンションの時もある。居場所の大半はベッドの中だ。
 聡志は、会うと夜じゅう、時には昼間にも、朝海を求めた。
 その求めを朝海は、この半年の間に結局、一度も拒んでいない。
 会った日にどれだけ仕事が忙しく、また前日にどれだけ激しく抱かれて疲れていても。
 彼に抱きしめられ、口づけられながら体の線をたどられると、朝海の理性はいつもすぐにかき消えてしまう。もっと強く、深く、彼を感じたい──その思いが一気に膨らんで体に火を点け、求めに応じてしまうのだった。
 聡志は、普段は紳士的なほどに丁寧で優しいのに、朝海を抱く時はいつも、貪るように執拗に責め立ててくる。朝海の体は全部自分の物だと言いたげに、その執着の度合いは激しい。
 だが、その執着が、朝海は嫌ではなかった。むしろ、彼の執着を感じながら抱かれるのは心地良く、そして文字通りの意味で気持ち良かった。
 朝海を穿ち翻弄する間、彼が繰り返し「好きだ」とささやいてくれるのも、女の自尊心が満たされる感覚がして嬉しかった。
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