婚約者に裏切られたその日、出逢った人は。
実は今夜も、聡志と会う約束をしている。
昨夜電話があり「明日大阪に行くから、君の仕事が終わる頃に会おう」と言われた。
それが楽しみには違いないのに、昼間の出来事で、心だけでなく体も重く感じる。両肩に下げたカバンの重量だけではない重さだ。
会社に戻り、部門長に帰社を報告した後、持って行った資料や見本を片付ける。
時刻は午後四時半過ぎ。今から頑張れば、今日中にやらなければいけないことは終えられるだろう。
スマートフォンのメッセージアプリを起ち上げ、聡志宛てにメッセージを送る。
『仕事、五時半には終わりそうです』
ピコン、と三分後には返信が来た。
『わかった。六時にいつもの道で』
短いメッセージにすら、中高生の女子のように胸がときめく。
せっかくの彼との逢瀬だ。昼間のことはひとまず脇に置いて楽しもう。
……その楽しみ自体、この先いつどうなるか、わからないものではあるけれど。
終業時間までは書類や伝票の整理をして過ごし、五時四十五分に会社が入るビルを出た。
近くの大通りをしばらく歩いて、何本目かの脇道に入る。いくらも行かないうちに、見慣れた車が道の端に停まっているのが見えた。
朝海が車に近寄る前に、運転席の扉が開く。降りてきたのは言うまでもなく、聡志だ。
腕を広げた聡志の、胸元に朝海は飛び込んだ。すぐに体を、温かく力強い腕に包み込まれる。
「お疲れさま、朝海。会いたかったよ」
聡志の飾らない言葉に、朝海は彼の胸に顔をうずめたまま何度もうなずく。会いたかった、それすらも言葉にできないほど、彼が愛しくて胸がつまる。
いつものように、助手席に恭しく座らされた後、運転席に聡志が乗り込む。
彼は、仕事の時には運転手付きの社用車を使うが、それ以外では自分で運転しているという。運転自体が好きらしく、出張の時でもレンタカーを借り、空き時間を利用して好きな場所に行っているのだそうだ。
走り始めた車は、この半年でもう慣れた方向に進んでいく。
「今日も、デパートに行くんですか」
そうだな、と聡志があっさり応じる。こうやって二人で会うたび、彼は朝海をデパートやブランド店に連れて行き、何かしらプレゼントしてくれる。
あまりに毎回なので「もう要らないです」と一度断ったが、その時の聡志は非常に悲しそうな顔をした。何か、自分の方が悪いことを言ってしまった気にさせられる、叱られた子供のような表情だった。