婚約者に裏切られたその日、出逢った人は。

 その表情に押し切られた形で、いまだに、聡志のプレゼント企画は続いている。
 自分には高級すぎるアクセサリーやバッグ、服や小物ばかりで、そろそろ狭い部屋の狭い収納場所はいっぱいだ。どうしたものか、と朝海が考えているうちに、車はデパートの立体駐車場に入っていた。
 聡志に肩を抱かれて連れていかれたのは、宝飾品のフロアだった。アクセサリーならそれほど収納スペースを取らないな、などと真っ先に考えてしまうあたり、朝海も聡志に毒されてきているのかもしれない。
 どうやら目当てがあるようで、聡志は他の売場には目もくれず、フロアの一番奥にある店にまっすぐ歩いていく。居並ぶ店の中でも最高級レベルのブランドだ。
「いらっしゃいませ」
「連絡しておいた四ノ宮だが」
「はい、承っております」
「用意はできてるかな」
「どうぞこちらへ」
 女性店員とそんなふうに話す聡志には、やはり何か目当ての品があったらしい。こんなブランドの品物で何が、と若干怖い気持ちで朝海が、通された奥の席で聡志と待っていると。
「お待たせいたしました。こちらの品になります」
 先ほどの女性店員が、長方形のケースを大事そうに持って戻ってきた。
 テーブルにうやうやしく置かれたケースが、開かれる。
 照明を反射する虹色の輝きに、朝海は目をむいた。
 信じられないほど大きなオパールが嵌まったトップが付いたネックレス。それよりは多少小ぶりだが十分に大きい、やはりオパールが輝くイヤリング。
 これまでにもらったアクセサリーの宝石よりも段違いに大きい。価格の相場がわかるほど宝石に詳しくはないが、これだけの大きさの宝石が非常に希少だという想像ぐらいはできる。相当に高価であるに違いなかった。
「お気に召されましたでしょうか?」
「ああ、気に入った。ありがとう」
 支払いはこれで、とカードを差し出す聡志に、朝海は仰天する。カードを奪おうとした手は空を切り、女性店員に渡されてしまった。
「お客様?」
「ちょっと、待ってください!」
 朝海が叫ぶと、聡志は首をひねった。
「あれ、気に入らなかったかな」
「そうじゃなくて! こんな物、さすがに頂けません!」
「どうして?」
「どうして、って……」
 金銭的感覚が違うのはわかっていた。だがここまでとは。
 朝海が見ただけで目をむくような宝石の付いたアクセサリーを、聡志は、そのへんのスーパーで買い物でもするかのように、動揺ひとつなく買おうとしている。
< 36 / 56 >

この作品をシェア

pagetop