婚約者に裏切られたその日、出逢った人は。

 聡志にとっては本当にその程度なのかもしれないが、朝海にとってはそうではない。
 これまでのプレゼントはどうにか自分を抑えて受け取ってきたけれど、どう見ても桁の違いそうな品物を、さすがに同じように受け取るわけにはいかなかった。
「だって、こんな……ものすごく高そうな」
「値段なんか気にしないでいい。来月、誕生日だろう」
「だ、だからって」
「僕が君に贈りたいと思ったんだ、遠慮するな。ああ、気にせず支払いを済ませて」
 対応に困った様子の女性店員に聡志が声をかける。
 店員が去っていってから、朝海はいつの間にか立ち上がっていたことに気づいた。目まいを覚えながらふたたび腰を下ろす。
「なんだ、そんな疲れた顔して」
「疲れないわけ、あると思いますか……」
 本当に疲れを隠せない声で朝海が言うと、聡志は愉快そうにくすくすと笑う。
 彼としてはおそらく、朝海を驚かせられたことが楽しくて仕方ないのだろう。
(お金持ちの考えることって、わからない……)
 心底そう思った。しょせん期間限定でしかない相手のために、どうかすれば七桁になるような値段の品を手配して、プレゼントするなんて。聡志みたいな育ちの人間には、ちょっと奮発した程度なのかもしれないが、当然ながら朝海はそんなふうには考えられない。さらに言えば。
「……これ、預かっておいてもらえますか……?」
 セットケースの入った紙袋を差し出すと、聡志は怪訝な顔をした。
「どういうこと?」
「こんな高価な物、家に置いておくの、怖いです」
 おそらく持っている間、家に置いている間、ずっと気持ちが落ち着かないだろう。万が一、犯罪者に目を付けられたらと思うと怖ろしい。
 朝海の返答に、聡志は「可愛いこと言うね」と返してきた。
 正直に不安な気持ちを言ったのに「可愛い」と評されて、朝海は複雑な気持ちになる。
 それを察したのだろう、聡志は穏やかに微笑んで、朝海の頭に手を置いた。朝海が不安だったりつらかったりする気持ちを察した時、彼はいつもそんなふうにする。
「わかった。とりあえず僕が預かっておくよ」
「お願いします」
「ただし、必要な時には絶対、身に着けること。いいね?」
 わかりました、と答えながら、そんな時があるのだろうかと内心では首をひねった。
 あんな宝石を着ける機会と言えば、それこそ、両親への挨拶とか婚約披露とか結婚式とか、そういった場になるのではないだろうか。
< 37 / 56 >

この作品をシェア

pagetop