婚約者に裏切られたその日、出逢った人は。
真っ暗になったスマートフォンの画面を見つめて、呆然としていると。
「電話終わった?」
すぐ脇から声をかけられて、文字通り少し飛び上がった。
聡志が、気遣わしげに朝海を見下ろしている。
「は、はい。終わりました」
焦って答えると、聡志は顎を指でつまんで首を傾げた。何かを考える時の癖だと、今は知っている。
「レストランで食事する気分じゃなさそうだね」
「え?」
朝海の問い返しには応じず、聡志は朝海の、スマートフォンを持っていない方の手を握って歩き出す。駐車場から外へ出ると、彼は予想とは逆の方向に車を走らせた。明らかに「いつものレストラン」の方向ではない。
ほどなく、見えてきたハンバーガーチェーン店の敷地に、聡志は車を滑り込ませる。ドライブスルーの受付に注文を告げ、商品を受け取った。
「ごめん、これ持ってて」
嗅ぎ慣れた匂いを漂わせる袋を朝海に手渡すと、聡志はふたたび車を走らせる。三十分ほど経つと、今度は見覚えのある建物が並ぶ景色が見えてきた。
高いビルが並ぶ中でもさらに高さのある、高層マンションの駐車場入口に、車は入っていく。
聡志が大阪での仕事の際、拠点として借りているマンションだった。
操作盤での指示を終え、車を載せた回転盤が、指定の場所に車を納めるために動き出した。それを確認し、聡志は朝海の手をまた握り、駐車場を出る。
エレベーターで一階から最上階まで上がる。二部屋あるうちのひとつが、聡志の部屋だ。
何度か来たことはあるものの、タワーマンションに馴染みのなかった朝海は、いまだにここに来ると少し落ち着かない。二階のコンシェルジュカウンターで挨拶されるのも毎回気恥ずかしいので、今日は二階を通らなくてほっとしたぐらいだ。
洗面所で手を洗いうがいをして、リビングのソファに朝海は腰を落ち着ける。
しばらくして、スーツからポロシャツとジーンズに着替えた聡志が、ハンバーガー店の袋を持って来て、朝海の隣に座った。
「冷めないうちに食べようか」
「え、あの、ここでですか?」
「他の場所がいいの? もしかしてベッドとか」
「ち、違います」
聡志のとんでもない提案に顔を赤くしながら、朝海は首を振る。
「そうじゃなくて、こんな所でハンバーガーとか食べて、ソファとか汚したりしたら」
「ああ、そんなことか。汚れたらクリーニングを頼むから大丈夫だよ」
(そんなこと……汚れたらクリーニング……)
やはり、お金のある人が考えることは違うし、理解できない。