婚約者に裏切られたその日、出逢った人は。
朝海が見ても高級だとわかるソファを汚すのが「そんなこと」で、汚れたらクリーニングを頼めばいいと、あっさり言うなんて。こんな高級家具のクリーニングなんてできるのだろうか。できるにしても、朝海が考える通常のクリーニングとは比べ物にならない値段であろう。
(……まあ、いいか、もう)
聡志の金銭的感覚の違いに、いちいち驚くのも疲れるし、少々飽きてきた。そういえば。
「ハンバーガーなんか、買ったことあるんですか」
「朝海、僕をどう思ってるの。僕だって普通の日本人だよ?」
彼の言う「普通」と朝海が認識する「普通」には隔たりが絶対あると思ったが、口には出さなかった。
「自慢でもなんでもないけど、これでも忙しい身だからね。時間がない時はファーストフードで済ませる時もあるさ」
さあ食べよう、と言った聡志は、ダブルバーガーの包装を解いてかぶりつく。
美味しそうに食べる様子につられて、朝海も袋の中から、チーズバーガーの包みを取り出した。
あまり食欲を感じていないはずなのだが、口に入れると、食べ慣れたジャンクな味に惹きつけられる。勢いで、ポテトのМサイズとコーラのМサイズも、全部平らげてしまった。
「ごちそうさまでした」
二人そろって食べ終え、手を合わせる。聡志は、そんなささいな仕草でさえも優雅だと思う。
「よかった、全部食べたね。腹いっぱいになった?」
「はい」
それじゃあ、と聡志がソファに座り直し、背もたれに右腕を乗せて朝海の顔をのぞき込んできた。
「いったい、何があったの?」
「え?」
「さっきの電話、何か困ったことだったんだろう。僕に会うまでの間に何があった?」
じっと見つめてくる目の色は真剣そのもので、朝海をとらえて離さない。
『会うまでの間に』と聞かれたということは、今日会った時には、朝海の様子がいつもと違うと、聡志は気づいていたのだろうか。
「どうして……」
「いつもより甘えてくるし、よく笑うけどぎこちないから、何か嫌なことがあったのかとは思ってたんだ。けど、話したくなったら話してくれるだろうと思って、しばらくは聞かないでいようと思った」
そう思ってくれていた時に、朝海に電話がかかってきたのだ。
「めちゃくちゃ不安そうな顔になったから、絶対良くない話だなって気づいたよ。聞かれたくないみたいに僕から急に離れるし。電話を切った後も、途方に暮れた顔をして、近づいた僕にも気づかないで」