婚約者に裏切られたその日、出逢った人は。

 いったい何があったの、と朝海に問う声は、本当に心配そうだった。
 だからこそ、聡志には言うべきではない、と思ってしまう。
「なんでも、ないです……聡志さんには関係のない話ですから」
「関係ない、だって?」
 気遣って言ったつもりの言葉が、気に障ったようだった。聡志の声に怒りが混じる。
「関係ないってどういうことだ。僕は君に関係ない人間だって言うのか」
「え……そんなつもりじゃ」
「好きな人が悩んでいるなら聞きたい、一緒に解決策を探したい、そう思うのがいけないのか」
「…………」
「どうなんだ、朝海」
「……聡志さんに、迷惑がかかるといけないと思って」
 ようやくそれだけを言った朝海の二の腕を、聡志が強くつかむ。
「そんな大変な話だったら、なおさら僕が聞かないわけにはいかない」
「でも」
「どうして僕を頼ってくれない? それとも、頼れない人間だと思ってるのか?」
 聡志の表情は、プライドを傷つけられた者のそれだった。ひどく悲しそうにも見えた。
 朝海が彼を頼らないことで、彼は傷つくのだ。そうだと知って、かすかに嬉しさを覚える。
 少なくとも、朝海という女の存在感がその程度には聡志の中にあるのだ、と思えるから。
 急に気持ちが緩んで、視界がにじんでくる。たまってくる涙をまばたきで必死に散らしていると、優しく抱きしめられた。
「不安なんだろう。だったら僕に打ち明けてほしい。一緒に考えて何とかしよう」
 背中を撫でさする手のひらが力強くて、温かい。
 彼と一緒に考えれば何とかなるかもしれない──体を包む温度に身をゆだねていると、そう思えてくるから不思議だった。
 何にせよ、話さなければ聡志は納得しないだろう。
 意を決して、朝海は、今日の昼に諸岡弁護士が訪ねてきたところから話を始める。
 電話で結論を急かされたところまで、聡志はほとんど口を挟まなかった。関係者の名前や、出来事の時期を少し確認したぐらいだ。
 だが、話が進むにつれて、表情はどんどん険しくなっていった。見たことのない厳しい表情に、聡志の中で憤りが募っているのが察せられた。
「なんだ、それは。最低な男だな」
 話を終えた時、聡志はまず、吐き捨てるようにそう言った。
「自分から手を出しておきながら『迷惑だった』だって? どの面下げて言ってるんだ」
「婚約者がいることを隠して他の女に手を出した、と知れれば外聞が悪いでしょうから」
「だけどそれが事実だろう」
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