婚約者に裏切られたその日、出逢った人は。

 ぴしゃりと、飛んで来た球を打ち返すごとく、聡志は鋭く言う。
「外聞を気にするんだったら、朝海と付き合わなければ良かっただろう。なのに婚約したと勘違いさせる段階まで深入りして。悪いのは百パーセント、緑川って男じゃないか。老舗料亭の跡取りだか何だか知らないが」
「でも、結婚しようとは、確かに一度も言われてません……それは事実なんです」
 朝海の説明に、聡志は髪をかき上げて、ふうと息をつく。
「だけど、結婚を匂わせるようなことは何か言われたんじゃないのか。君は賢い人だ、相手にその気がないとわかってれば結婚できるなんて思わないだろう」
 聡志の言葉を受けて、朝海は懸命に思い返す。
「……結婚したら苦労をかけるけどよろしく、とか、うちは古い家だから朝海は大変だと思うけど大丈夫、とか言われたことが」
「それだ。メールか何か、記録で残ってる?」
 朝海はスマートフォンの、メールソフトとメッセージアプリを起動した。裏切り騒動の日に聡志と会って、その後いろいろ起こったから、龍一のメールやメッセージを消してしまおうという方向に頭が働く暇がなかった。
 履歴をたどっていくと、似たような発言をしているメールとメッセージが見つかった。
 さらには、仕事の話しかしてこなかった状況で唐突に「個人的に二人で会いたい」と龍一の方から書いてきているメッセージも、アプリ履歴の初めの方から発掘された。
 聡志にも見てもらうと、彼は確信を得たようにうなずく。
「全部、スクショ撮っておいて。後で印刷しよう」
 
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