婚約者に裏切られたその日、出逢った人は。
「君は僕が絶対に守る。だから不安に思うことなんか、何もないんだ」
「……聡志さん。でも、費用まで持ってもらうなんて」
「恋人だろう? だったら遠慮することもない」
「──え?」
今、聡志は何と言ったのだろう。自分たちが、恋人?
「何、その『え』は。まさか、ここまで付き合ってきて、そんなつもりはなかったなんて言わないよね?」
「え、あの、その」
そう言いたいのは聡志の方ではないのか。思っていることが、うまく口から出てこない。
「言っておくけど僕は、最初から恋人のつもりだったよ。君を初めて抱いた時から」
出会った日の夜が、抱きしめられていることによって鮮明に思い出されて、朝海の頬も全身も熱くなる。聡志は腕をほどき、また朝海の二の腕をつかんで顔をのぞき込んできた。
「だから君が何も言わずにいなくなってて、すごく落ち込んだよ。君はもう二度と会う気がないのかって──そんなことさせるかと思って、失礼な気はしたけど君のことを調べさせた」
少しだけバツの悪い顔をした聡志だが、すぐに表情を引き締める。
「君を見つけたって連絡があった時、どれだけ僕が安心したかわかる?」
「……どうして、そんなに」
「君を好きなのかって? そうだな、半分は一目惚れかな」
「えっ?」
「もしかして自覚ないの? 君はじゅうぶん美人だし、可愛いよ」
こんなにも「当たり前だろ」と言いたげな口調で、そんなことを言われた経験はない。
朝海が驚きと恥ずかしさで口ごもっていると、聡志はさらに続ける。
「あと半分は、一緒にいる間に知った君が、魅力的だったからだよ。信じてた男に裏切られても泣かずにいる強さ、自分の過ちをちゃんと認める潔さ。あと、食事を美味しそうに食べるところも好きだな」
意外なことを言われた後、そんなふうに付け加えられて「ええ?」と間の抜けた声が出てしまう。
「僕の周りには、お上品に少しだけ食べて、お上品な言葉で食べ残すご婦人が多かったからね。美味しい気持ちを素直に言葉に出して、きれいに食べきる君の姿は新鮮で、見ていて気持ちいいんだ」
あと、と意味深に微笑んで、聡志は唇を朝海の耳に寄せる。
「僕に抱かれて乱れてる朝海は、最高に可愛い」
「…………っ」
思わず後ずさろうとするが、聡志の腕はそれを許してくれなかった。三たび引き寄せられ、彼の胸に顔をうずめる格好になる。
「とにかく、今回の問題は僕に協力させてほしい。弁護士にいろいろ聞かれることにはなるだろうけど、僕も必ず同席するから心配しないで」
「……はい」
聡志がそう言ってくれるなら、きっと大丈夫になるだろう。温もりに身をゆだねながら朝海は思った。