婚約者に裏切られたその日、出逢った人は。
それまでは多少慣れた気分で(気持ち悪さは変わらなかったものの)届く手紙の内容を読んでいた朝海だったが、九通目はさすがに読み返したくなかった。聞いたことも見たこともないような罵詈雑言、謂れのない悪口雑言を並べて、朝海を最低な女、人間の屑だと表現していたから。
さらに文面の最後には【覚悟しろ、ゴミめ】と書かれていた。
きっと、青ざめた顔をしていたのだろう。全部読み終えて朝海を振り返った聡志は、誰かを斬り殺しかねない表情をふっと和らげて、朝海の頭に手を置いて撫でてくれた。
『知らなくてごめん。怖かっただろう』
『そんな……私が言わなかったんだから、知らなくて当たり前で』
『これは、ちょっとまずいな──しばらくこの家から離れた方がいい』
『え』
『手紙を送ってきた相手が、直接ここに来るつもりかもしれない。ここにいたら危ない』
朝海もうっすらと考えた可能性を、聡志は明言した。
『ちょうど、そろそろ東京のホテルの改装を、君の会社に依頼しようと思ってたんだ。視察という名目で、しばらく東京においで。住む所は大丈夫、僕のマンションがある』
とりあえず今夜は泊まるから、と言った通り、聡志はその晩、朝海の家で夜を明かした。
そして翌日、ホテル社長として朝海の会社を訪れた聡志が、東京一円の四ノ宮グランドホテル改装を正式に依頼し、早めに案を出してもらいたいからデザイナーを一人出張させてほしいと申し出た。
大阪のホテルの改装に関わり、実績を出している朝海が選出されたのは自然な成り行きだった。
そしてその日のうちに、前夜に急きょまとめた荷物を持ち、朝海は聡志とともに東京へ向かった。
その夜からずっと、朝海は聡志が住む、タワーマンションの一室で暮らしている。
聡志のマンションでの同居を始めてから、半月。
ちなみに聡志は「同棲」と言いたがっているが、朝海は頑なに「同居」と表現している。そういうつもりで彼と一緒に暮らしているわけではないからだ。
会社に長期出張と言った手前、ちゃんと仕事も進めている。改装予定のホテルを実際に見て回るだけではなく、以前の改装に関わった人物に会うために四ノ宮グループ本社を訪れたり、改装の参考になればということでグループの飲食部門の試作品をチェックしたりもしている。
それらの調査で得たデータをまとめ、会社の担当者にそれぞれ送り、折り返しで改装案の概要を受け取る。時にはオンライン会議ソフトを用いて打ち合わせをおこなう。