婚約者に裏切られたその日、出逢った人は。
慣れない土地での仕事は大変だったが、面白くもあった。東京に来た本来の理由もその間は忘れて、充実した気分だった。
しかし、当然のことなのに仕事中はまったく会えないのが聡志は不満らしく、部屋に戻ってくると、片時も朝海から離れようとしない。そして毎晩、甘い声で愛をささやきながら朝海を抱き尽くす。おかげで毎朝、目覚めると疲労感が凄まじい。
あまりに睡眠時間が短いので、早く仕事を終えられた日はさっさと部屋に戻って、着替えてすぐにベッドに飛び込んでいる。もちろん眠るためだ。聡志が帰るまでの数時間でも眠っておかないと、夜はほぼ寝かせてもらえないのがわかっているから、身がもたない。
特にここ数日は、愛され方が激しかった。腰が少々悲鳴を上げている。
きっかけがあると言えば、あった。ついこの間の日曜日に、聡志の実家を訪問してからだ。
その前日の土曜日に、いきなり『明日都合がついたから、うちの両親に会って』と言われたのだ。
『え、聡志さんのご両親? って、え?』
『そんな驚くことかな。いきなりなのは悪いけど、二人とも忙しい人でね』
やっと明日なら二人一緒に休めるって聞いたから、と聡志には説明されたが、朝海はそんな説明だけで納得はできなかった。
なんと言っても、国内外に名をとどろかせる四ノ宮グループの前社長、現会長夫妻だ。そんな人たちに会うならば、せめてもっと前から準備をしたかったのに。
朝海がそう言うと、聡志は明るい表情で笑った。
『うちの親に気を遣ってくれるのは嬉しいけど、そんなに固くなる必要はないよ』
『で、でも、お二人とも良いお育ちの方でしょう。私なんか行儀作法もよく知らないし』
『だから、構えなくていいって。それに、親父はまあ長男だったから良いお育ちだろうけど、お袋は違うよ。母子家庭で、苦学してキャビンアテンダントになったって人だから』
意外な話だった。
聡志によれば、海外出張のために父親が乗った飛行機で出会い、父親の一目惚れだったのだという。母子家庭を「欠損家庭」とみなす親戚の反対に遭いながらも、意志を貫き、結婚したのだそうだ。
『お義父さんも、お義母さんに一目惚れしたの』
『そう。だから一目惚れはうちの血筋なのかな』
はは、と笑う聡志の屈託ない表情に、朝海は安心感を覚えた。
そして翌日、聡志の運転する車で、東京郊外にある四ノ宮本家に向かった。訪問着などは聡志が用意してくれていた。加えて、誕生日に贈られたオパールのネックレスとイヤリングを着けるようにとも言われた。