婚約者に裏切られたその日、出逢った人は。
和風建築の広い玄関で、内向きの用を担当する使用人(!)の女性に出迎えられ、案内された先の部屋に、聡志の両親が待っていた。家の雰囲気からして着物で迎えられるのかと考えてしまっていたが、それぞれ普通のスーツとツーピースで、ワンピース姿だった朝海は少し安心した。
『は、はじめまして。松村朝海と申します』
『はじめまして。四ノ宮幸三です』
『四ノ宮博子です。どうぞ、楽になさってね』
精一杯に丁寧な挨拶をと、文字通り畳に触れるほどに頭を下げた朝海に、聡志の母親である博子がそう声をかけた。そんなふうに言われたから、といってすぐにリラックスができる状況でも性分でもなかったが、聡志の両親の雰囲気や話しぶりは想像していたよりもずっと気さくで、張り詰めすぎていた肩の力が抜けたのは確かだった。
『この四月に、京都で知り合ったんですって?』
『は、はい、そうです』
『時期的に桜が綺麗だったでしょう。円山公園の桜はご覧になったかしら』
『い、いえ。行く時間が取れなくて』
『あらそう、惜しいことをしたわね。来年は一緒に行きましょうか』
『え、……は、はい。ぜひ』
『母さん、朝海さんはデザイナーのお仕事をなさってるんだよ。きっと四月は忙しいだろう』
『まあ、あなた。それならあなたが、私の旅行に付き合ってくださるんですか』
『行ってやりたいが、わたしも忙しいから』
『それごらんなさい』
『二人とも、お客さんの前だよ。喧嘩しないで』
『まあ聡志、喧嘩なんかしませんよ』
『そうだぞ。これは夫婦の普通の会話だ』
『はいはい』
こんな調子で、まあおおむね和やかに、会話は弾んだ。本家お抱えのシェフが腕によりをかけたという、供された和昼食も非常に美味しく、朝海のための特別メニューだとも言われた。そういえば突き出しから最後の椀まで、魚料理が多かった。
午後四時頃、またおいでなさいという見送りの言葉とともに、本家を辞去した。気に入られたと思うよ、という聡志の言葉に、心底ほっとした。
『今後、他の親戚にも挨拶する機会があると思う。中には頑固じじい、いや、ちょっと頑迷な年寄りもいるけど、堂々としてれば大丈夫だから』とも言われて、若干気が遠くなりかけたが。
聡志の、朝海への溺愛ぶりが増したのは、あの日を境にだった。
……それにしても、婚約したわけでもないのに、状況がやけに先に進んでいっている気がする。