優しくない同期の甘いささやき
熊野は押すのをやめて、私の前を歩いていく。無駄に長い足は、歩くのが速い。

つい「 待ってよ」と小走りで追いかけてしまった。


「おはようございまーす」


熊野の挨拶はいつも緩い。

私は大きい熊野の体を柱にして、そっと顔を出した。

黒瀬さんの席に黒瀬さんはまだいなかった。

ホッとしながら、熊野を追い越して自分の席に着く。

パソコンを起動させていると、聞きなれた「おはようございます」が耳に入ってきた。

普段の私だったら、すかさず顔を向ける。だが、今日は体全体が強張って、パソコンから目が離せなかった。


「加納ちゃん、おはよう」


声をかけられて、肩が軽くあがった。名指しされて、無視はできない。


「おはようございます」


パソコンに顔を向けた状態で返した。先輩に対して、失礼な態度だと思う。

だが、今の私にはこれが精一杯の返事だ。

黒瀬さんは私から離れて、他の人と話を始めた。

ホッと胸を撫で下ろす。何も言われなくて、よかった。

黒瀬さんは気まずさを感じないのだろうか?

いつもと変わらない。
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