優しくない同期の甘いささやき
「加納」


背中を向けた途端、手首を掴まれた。

ああ……やばい。

知奈……どうしよう。

この場にいない知奈に助けを求める。しかし、そうそう都合よく現れない。

私は振り返らないで「何?」と訊いた。


「途中まで一緒に行かせてよ」

「途中?」


予想していないことを言われて、振り向いて熊野の手を払った。

熊野は私を真っ直ぐと見据える。胸の内を探るような強い眼差しだったが、不意にその力が緩んだ。


「ああ、加納の行くところの前まででいいよ」

「でも、すぐそこだよ?」

「すぐそこでもいい。加納と少しの時間でも一緒にいたい。いいだろ?」


一緒にいたいとは、甘い誘い文句だ。私の顔は急速で熱くなった。

その時、熊野の瞳が揺れる。


「なんだよ、その反応。かわいいんだけど」

「えっ、かわいくなんか……見ないでよ」


私は赤くなっているであろう顔を両手で覆った。

熊野は私に近寄って、また手首を掴んだ。


「隠すな。見せろって」

「やだ、恥ずかしい……」


こんな顔をじっくり見られるのは、絶対イヤだ。
< 41 / 172 >

この作品をシェア

pagetop