優しくない同期の甘いささやき
熊野は掴んだ手を離した。


「わかったよ。俺、超特急で片付けるから待ってろ。ひとりで行くなよ」

「あ、待って……」



恥ずかしがっている場合ではなかった。熊野が途中までというか、店の前まで付いてきてしまう。

でも、誰と待ち合わせているかまでは察していないはずだ。

きっと、たぶん……。

仕方なく熊野と退社する。

オフィスビルを出ると、小雨が降っていた。夕方からところによって雨が降るでしょうという天気予報だった。

バッグに入れている折り畳み傘を出そうか迷う。

歩いて5分の距離は、走れば3分だ。折り畳み傘は使ったあとに持ち歩くのが、邪魔になる。

差さずに走ろうか?

そんなことを考えていたら、熊野が黒色の折り畳み傘を広げた。


「入れよ」

「私も傘持っているから」

「近いんだろ? どうせ出すかどうしようかと悩んでいただろ?」

「うん……ありがと」


厚意に甘えることにした。相合い傘になるけれど、短い時間だ。

傘に入った私の肩が熊野の腕に当たった。近寄り過ぎてしまったかも。

距離を取ろうとしたが、反対側の肩を抱かれた。


「ちゃんと入らないと濡れる」

「大丈夫だよ、少しくらい」

「いいから」
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