優しくない同期の甘いささやき
包丁を握るのも久しぶりだった。

熊野に女子力がないと、幻滅されたかもしれない。

嫌われたくはないのに……。

熊野は私から包丁を取った。


「グリルのスイッチ、入れて待っていてよ」

「ごめんね、女のくせに料理が出来なくて……」


しずしずとキッチンから離れようとした。その時、不意に肩を掴まれる。


「謝るな。こういうことは、向き不向きもあるし、女だから出来ないといけないものじゃない。俺は良い旦那さんになりそうなんだろ? 美緒のためなら、何でもするよ。料理も苦じゃないから、気にするな」


熊野は柔らかな笑みを浮かべて、手際よく野菜を切っていく。


「ありがとう」

「どういたしまして。今夜は美緒の胃袋と心を掴んでやるからな」

「ええっ!」


私の驚く声を聞いて、熊野は楽しそうに笑った。野菜を切る音も軽やかに聞こえてきた。

ほどなくして、肉と野菜が運ばれてくる。

熊野は私の反対側に座って、トングで素早く食材を並べた。

煙はでないけど、美味しそうな匂いが漂う。熊野が良い感じに焼けた肉を私の皿に置いた。
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