白いシャツの少年 【恋に焦がれて鳴く蝉よりも・番外編】
腰を屈め、千沙の耳に顔を近づけ、
侑久が熱く語る。正直、どのクレーター
が侑久の言ったそれなのかわからなかっ
たが、いくつもあるクレーターから四方
に伸びる光が光条と呼ばれるもの
なのだろう。いつもは、ただ何となく夜
空に浮かぶ月を美しいと思うだけだった
が、こうして侑久が情熱を寄せる月を、
彼の隣で見るだけで、どうしてか月は輝
きを増していっそう美しく見える。千沙
は背に置かれたままの侑久の体温に緊張
しながらも、微々たる知識を口にした。
「地球から38万キロも離れてる天体
が、こんなにも鮮明に見えるものなんだ
な。どれが侑久の言うクレーターかわか
らないけど、夢中になるのはわかるよ。
見ているだけで心が洗われるような気が
する」
レンズを覗いたままで言うと、侑久が
嬉しそうに笑んだのがわかった。
「月は地球と同じように45億年前に
誕生した衛星だけど、未だに多くの謎が
残されてるんだ。アポロ計画の調査で月
の表と裏で地質が異なることはわかった
けど、月がどんな風に形成されて、どん
な変遷を経て現在に至ったかは、まだ
解明されていない部分がたくさんある。
だから俺は大学で構造力学や航空機力学
を学んで、将来は宇宙航空研究に携わり
たいと思ってる。そこで知識と経験を積
んだら、アメリカへ。そんな壮大な夢が
叶うかわからないけど、勉強がしんどく
感じる時は、こうして月を観てモチベー
ションを上げるんだ。ああ、こんなこと
くらいで躓いてたら、月に近づけないな、
ってさ」
まだたった14歳の少年が、キラキラし
た瞳で夢を語る。その瞳があまりに美しく
て、眩しくて、千沙はどうにも胸が苦しく
なってしまった。
――侑久が夢を追いかける。
それは、姉としてはとても喜ばしいこと
なのに……彼が夢を追いかけるほどに自分
から遠ざかってしまうように感じるのは、
何故だろう?
千沙はやはり、接眼レンズを覗いたまま
で、力強く言った。
「侑久なら絶対に叶うよ。お前は頭が
いいから、きっと希望の大学に受かって、
望んだ進路に進めると思う。まだ中学二年
なのに、ここまでしっかり将来の展望を語
れる幼馴染を、私は誇りに思うよ。でも、
親に心配をかけるのは感心しないな。風邪
を引くといけないし、そろそろ戻ろう」
そう言ってレンズから顔を上げた千沙は、
侑久を見た瞬間、ぐらりと身体がよろけて
しまった。足元はやわらかな芝生で、丘の
頂上であるここはなだらかな坂になってい
る。ずっと空を見ていたせいで、平衡感覚
が狂ってしまったのだろう。けれど、千沙
が後ろにひっくり返ることはなかった。
侑久が熱く語る。正直、どのクレーター
が侑久の言ったそれなのかわからなかっ
たが、いくつもあるクレーターから四方
に伸びる光が光条と呼ばれるもの
なのだろう。いつもは、ただ何となく夜
空に浮かぶ月を美しいと思うだけだった
が、こうして侑久が情熱を寄せる月を、
彼の隣で見るだけで、どうしてか月は輝
きを増していっそう美しく見える。千沙
は背に置かれたままの侑久の体温に緊張
しながらも、微々たる知識を口にした。
「地球から38万キロも離れてる天体
が、こんなにも鮮明に見えるものなんだ
な。どれが侑久の言うクレーターかわか
らないけど、夢中になるのはわかるよ。
見ているだけで心が洗われるような気が
する」
レンズを覗いたままで言うと、侑久が
嬉しそうに笑んだのがわかった。
「月は地球と同じように45億年前に
誕生した衛星だけど、未だに多くの謎が
残されてるんだ。アポロ計画の調査で月
の表と裏で地質が異なることはわかった
けど、月がどんな風に形成されて、どん
な変遷を経て現在に至ったかは、まだ
解明されていない部分がたくさんある。
だから俺は大学で構造力学や航空機力学
を学んで、将来は宇宙航空研究に携わり
たいと思ってる。そこで知識と経験を積
んだら、アメリカへ。そんな壮大な夢が
叶うかわからないけど、勉強がしんどく
感じる時は、こうして月を観てモチベー
ションを上げるんだ。ああ、こんなこと
くらいで躓いてたら、月に近づけないな、
ってさ」
まだたった14歳の少年が、キラキラし
た瞳で夢を語る。その瞳があまりに美しく
て、眩しくて、千沙はどうにも胸が苦しく
なってしまった。
――侑久が夢を追いかける。
それは、姉としてはとても喜ばしいこと
なのに……彼が夢を追いかけるほどに自分
から遠ざかってしまうように感じるのは、
何故だろう?
千沙はやはり、接眼レンズを覗いたまま
で、力強く言った。
「侑久なら絶対に叶うよ。お前は頭が
いいから、きっと希望の大学に受かって、
望んだ進路に進めると思う。まだ中学二年
なのに、ここまでしっかり将来の展望を語
れる幼馴染を、私は誇りに思うよ。でも、
親に心配をかけるのは感心しないな。風邪
を引くといけないし、そろそろ戻ろう」
そう言ってレンズから顔を上げた千沙は、
侑久を見た瞬間、ぐらりと身体がよろけて
しまった。足元はやわらかな芝生で、丘の
頂上であるここはなだらかな坂になってい
る。ずっと空を見ていたせいで、平衡感覚
が狂ってしまったのだろう。けれど、千沙
が後ろにひっくり返ることはなかった。