白いシャツの少年 【恋に焦がれて鳴く蝉よりも・番外編】
「あら、どうしてあなたがここに?」
沈黙を破り、あんぐりと口を開けたまま
固まってしまった父の代わりに母親が訊ねる。
すると智花はその問いには答えずスタスタ
とテーブル席まで進むと、御堂家の面々に華
が咲くような可憐な笑みを向けた。
「あの、こちらは……千沙さん、じゃ?」
千沙と面識があるわけではない母親が混乱
した様子で息子と振袖姿の少女を交互に見る。
その母親に無言で首を振ると、御堂は顔を
強張らせたまま智花に目を向けた。
「初めてお目に掛かります。高山家の次女
の智花と申します。御堂先生には数学の授業
で普段からお世話に」
「じゃあ千沙さんの妹さんで、学園の生徒
さんってこと?まあ、お可愛らしいこと」
深々と一礼し、嫣然と笑みを浮かべた智花
に、母親がうっとりと嘆息する。
“ミス藤ノ森”の座を欲しいままにする智花
の美しさに、父親も心を奪われたように見入
っている。智花は賞賛の言葉をさらりと受け
止めると、姿勢を正し、やや沈痛な面持ちで
話し始めた。
「実は大変心苦しいのですが、姉の千沙は
緊張のあまり体調を崩してしまい、先ほど付
き添いと共に帰宅いたしました。両家の顔合
わせという大切なひとときを、自分の不甲斐
なさで台無しにしてしまうのが忍びないとの
連絡を受け、こうして私が出向いた次第です。
本来なら姉が同席し、親睦を深めるべきなの
ですが、それが叶わない今日のこの場は私が
代わりを務めさせていただきたいと思います。
姉のことも、学園での様子も、何なりと私に
お尋ねください。私もいずれ親族となるお父
様やお母様のお話をぜひ伺いたいと思います。
お食事の準備も整っているようですし、どう
かこのまま会食を続けていただければ」
まるでカンペでも読んでいるかのように
能弁に語ると、智花はまた一礼し、すとん、
と千沙が座るはずだった席に腰かける。
「……なにっ、千沙が帰っただと?」
「あらやだ、大丈夫かしら」
あまりの驚きに放心していた父親は千沙が
帰ってしまったという事実に青ざめ、母親は
「あらやだ」などと呑気な声を漏らしたが、
ただ一人、これが茶番であると察した御堂だ
けは表情を険しくしていた。そして席につい
た智花を一瞥すると、部屋の出口へと向かう。
その背中を、母親が焦った声で呼び止めた。
「ちょっと弘光、どこへ行くというの?」
「もちろん、彼女のところです」
「でも付き添いの方がいらっしゃるから
大丈夫だと、智花さんも言っているのだし」
オロオロと席を立ち、諭すように言うと、
同意を求めるように智花に視線を送る。智花
はその母親に笑みを浮かべ頷くと、格子戸の
前に立つ御堂を振り返った。
「先生、姉には幼馴染みが付き添っている
ので、ご心配には及びません。ですから、
どうか今はこの場に。主役の二人が居なくな
ってしまっては、せっかくのお食事会が白け
てしまいます。仲居さんも困っているようで
すし、席についてくださいませんか?」
異論を赦さぬ迫力で言って、くるりと前を
向く。智花の言葉通り、個室の入り口で中の
様子を窺っていた仲居が、困り果てたように
御堂を見上げていた。
沈黙を破り、あんぐりと口を開けたまま
固まってしまった父の代わりに母親が訊ねる。
すると智花はその問いには答えずスタスタ
とテーブル席まで進むと、御堂家の面々に華
が咲くような可憐な笑みを向けた。
「あの、こちらは……千沙さん、じゃ?」
千沙と面識があるわけではない母親が混乱
した様子で息子と振袖姿の少女を交互に見る。
その母親に無言で首を振ると、御堂は顔を
強張らせたまま智花に目を向けた。
「初めてお目に掛かります。高山家の次女
の智花と申します。御堂先生には数学の授業
で普段からお世話に」
「じゃあ千沙さんの妹さんで、学園の生徒
さんってこと?まあ、お可愛らしいこと」
深々と一礼し、嫣然と笑みを浮かべた智花
に、母親がうっとりと嘆息する。
“ミス藤ノ森”の座を欲しいままにする智花
の美しさに、父親も心を奪われたように見入
っている。智花は賞賛の言葉をさらりと受け
止めると、姿勢を正し、やや沈痛な面持ちで
話し始めた。
「実は大変心苦しいのですが、姉の千沙は
緊張のあまり体調を崩してしまい、先ほど付
き添いと共に帰宅いたしました。両家の顔合
わせという大切なひとときを、自分の不甲斐
なさで台無しにしてしまうのが忍びないとの
連絡を受け、こうして私が出向いた次第です。
本来なら姉が同席し、親睦を深めるべきなの
ですが、それが叶わない今日のこの場は私が
代わりを務めさせていただきたいと思います。
姉のことも、学園での様子も、何なりと私に
お尋ねください。私もいずれ親族となるお父
様やお母様のお話をぜひ伺いたいと思います。
お食事の準備も整っているようですし、どう
かこのまま会食を続けていただければ」
まるでカンペでも読んでいるかのように
能弁に語ると、智花はまた一礼し、すとん、
と千沙が座るはずだった席に腰かける。
「……なにっ、千沙が帰っただと?」
「あらやだ、大丈夫かしら」
あまりの驚きに放心していた父親は千沙が
帰ってしまったという事実に青ざめ、母親は
「あらやだ」などと呑気な声を漏らしたが、
ただ一人、これが茶番であると察した御堂だ
けは表情を険しくしていた。そして席につい
た智花を一瞥すると、部屋の出口へと向かう。
その背中を、母親が焦った声で呼び止めた。
「ちょっと弘光、どこへ行くというの?」
「もちろん、彼女のところです」
「でも付き添いの方がいらっしゃるから
大丈夫だと、智花さんも言っているのだし」
オロオロと席を立ち、諭すように言うと、
同意を求めるように智花に視線を送る。智花
はその母親に笑みを浮かべ頷くと、格子戸の
前に立つ御堂を振り返った。
「先生、姉には幼馴染みが付き添っている
ので、ご心配には及びません。ですから、
どうか今はこの場に。主役の二人が居なくな
ってしまっては、せっかくのお食事会が白け
てしまいます。仲居さんも困っているようで
すし、席についてくださいませんか?」
異論を赦さぬ迫力で言って、くるりと前を
向く。智花の言葉通り、個室の入り口で中の
様子を窺っていた仲居が、困り果てたように
御堂を見上げていた。