白いシャツの少年 【恋に焦がれて鳴く蝉よりも・番外編】
 「あのぅ、お食事の準備が整っております
が、いかがなさいますか?」

 その言葉に閉口すると、御堂は固唾を呑ん
で自分を見守っている両親らを見やる。そし
てしばらく逡巡したのち、諦めたように息を
吐くと、渋々頷いた。

 「……お騒がせしてすみません。どうぞ
配膳を始めてください」

 そう返すと、仲居は「かしこまりました」
と恭しく頭を下げ、すぐに用意されていた膳
が運び込まれたのだった。





 やがて長女不在のまま始まった両家の顔合
わせは、まるで智花の一人舞台のようだった
と母から聞いている。

 硬い面持ちで席についた御堂はやはり言葉
少なで、お世辞にも愉しんでいるとは言えな
かったが、いかに御堂の授業が素晴らしく、
また生徒たちを合格へ導く手腕が優れている
かを智花がにこやかに語ると、御堂の両親は
たいそう気を良くしていたらしかった。

 さらに、卒業後はW大学の文学部へ進み、
教員免許を取得するつもりでいることを智花
が明かすと、場の空気はさらに盛り上がった。

 「じゃあ智花さんは弘光の後輩になるかも
知れないのね。優秀なお嬢様が二人もいらっ
しゃって、お父様もさぞ心強いでしょうね」

 「えっ……あ、はい。まあ……」

 智花が教員免許を取得するつもりでいるこ
とさえ知らなかった父は、満面の笑みを向け
る母親に終始しどろもどろに答え、おそらく
は一生分の冷や汗を流したに違いない。

 「お父さんったら、ちっとも智花の進路に
関心を示さないから、智花も意固地になって
言わなかったのよね。まさか『知らなかった』
なんて白状も出来ないでしょうし、お母さん、
隣で笑いを嚙み殺すのに苦労したわ」

 自室で、会食の様子を委細漏らさず話して
くれた母はあまりにあっけらからんとしてい
て、千沙は思わず侑久と顔を見合わせる。

 いったいどうなることかと案じていたが、
話を聞く限りあちらの両親は気を悪くする
ことなく、その場を愉しんでくれたらしい。
 それはひとえに、千沙の「代役」を務めた
智花の人間力と、どんな相手も懐柔してしま
える魅力があってのことであり、千沙に智花
の真似が出来るかと聞かれれば、不可能だと
言わざるを得ないだろう。


――あとは父親と御堂本人。


 その二人をどう説得するかが問題で……
千沙は眉間に深く皺を刻んだままこちらを
睨みつけている父親に、どう切り出すべきか
思い倦ねていた。



 ピリリと張りつめた空気の中、千沙は細く
息を吐き出す。侑久を選ぶと決めた以上、
自分が父親に言えることは一つしかない。
 千沙は覚悟を決めると、強い眼差しに臆す
ることなく、まっすぐ父親を見つめた。
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