白いシャツの少年 【恋に焦がれて鳴く蝉よりも・番外編】
「だってぇ……」と、智花が口を開く。
その口調は相変わらず空気の抜けた風船の
ようだったが、一瞬、自分を窺うように向け
た眼差しに『嫉妬』ととれる感情が滲んでい
たことに、千沙は気付いてしまう。
「智花、御堂先生のことが好きなんだもん。
だから、ちぃ姉が結婚して御堂先生が『お義
兄さん』になるなんて、堪えられなかったの」
――束の間、静寂が訪れる。
世界から音が消えたような、静寂。
けれど数秒ののち、その言葉の意味を理解
した千沙は、父親と共に和室の障子が揺れる
ほど、声を張り上げていた。
「はあぁっっ!!!?」
「何だとっっ!!!?」
高山家にかつてないほどの嵐が訪れた瞬間
だった。
寝耳に水、青天の霹靂、窓から槍。
そんな言葉たちが千沙の頭の中を駆け巡る。
けれど、混乱した頭の片隅には「だからか」
と、納得する自分もいた。
「御堂先生が可哀そう」と自分を責めた妹。
「俺たちは一味同心だから」と言った侑久。
そして侑久とキスをしたという、智花の嘘。
それらのピースをパズルの抜け落ちた部分
に当て嵌めれば、どうしていままで気付かな
かったのだろうとさえ思う。
確かめるように隣の侑久を覗き見れば、彼
はどこかほっとしたような笑みを浮かべなが
ら、テーブルの下で千沙の手をゆるりと握る。
その温もりに気持ちを落ち着かせながら前
を向けば、口をパクパクしている父親の横で
「やっぱりね」とでも言いたげに母がしたり
顔をしていた。
すっと姿勢を正し、智花が父を見据える。
その横顔は凛とした一人の女性で、御堂に
対する想いは真剣なのだと雄弁に語っている。
「そもそも、この結婚は無理があり過ぎた
のよ。長女が継がなきゃいけないなんて法律
があるわけでもないのに、ちぃ姉に自分の理
想を押し付けたお父さんに問題があるのっ。
『押し付けた縁は続かぬ』って言葉があるじ
ゃない。好きでもないのに無理に結婚させて
二人が上手くいかなかったら、お父さんは
どう責任取るつもりよ?御堂先生だって可哀
そうだわ。ちぃ姉の気持ちはたっくんに向い
てるって知っていながら、結婚しなきゃなら
ないんだから。こんな誰も幸せになれない
結婚、黙って見ていられない。みんなが不幸
になるくらいなら、智花が御堂先生と結婚し
てあの学園を守っていく!御堂先生だって愛
されないまま結婚するより、その方がよっぽ
ど幸せよ。どうしても、先生が智花のこと嫌
だっていうなら諦めるけど、それでも、あの
学園は智花が後を継ぐから。ちぃ姉に負けな
いくらい学園が大好きだし、不器用で石頭で
要領の悪いちぃ姉より、絶対上手く経営でき
る自信があるもん。だからお父さんお願い。
もうちぃ姉を縛らないであげて。二人を自由
に生きさせてあげて」
そこまで一息に言って智花が肩で息をつく。
途中、随分酷いことを言われた気がしたが、
そこまで真剣に自分のことを想ってくれてい
たと知れば、熱く込み上げてくるものがある。
その口調は相変わらず空気の抜けた風船の
ようだったが、一瞬、自分を窺うように向け
た眼差しに『嫉妬』ととれる感情が滲んでい
たことに、千沙は気付いてしまう。
「智花、御堂先生のことが好きなんだもん。
だから、ちぃ姉が結婚して御堂先生が『お義
兄さん』になるなんて、堪えられなかったの」
――束の間、静寂が訪れる。
世界から音が消えたような、静寂。
けれど数秒ののち、その言葉の意味を理解
した千沙は、父親と共に和室の障子が揺れる
ほど、声を張り上げていた。
「はあぁっっ!!!?」
「何だとっっ!!!?」
高山家にかつてないほどの嵐が訪れた瞬間
だった。
寝耳に水、青天の霹靂、窓から槍。
そんな言葉たちが千沙の頭の中を駆け巡る。
けれど、混乱した頭の片隅には「だからか」
と、納得する自分もいた。
「御堂先生が可哀そう」と自分を責めた妹。
「俺たちは一味同心だから」と言った侑久。
そして侑久とキスをしたという、智花の嘘。
それらのピースをパズルの抜け落ちた部分
に当て嵌めれば、どうしていままで気付かな
かったのだろうとさえ思う。
確かめるように隣の侑久を覗き見れば、彼
はどこかほっとしたような笑みを浮かべなが
ら、テーブルの下で千沙の手をゆるりと握る。
その温もりに気持ちを落ち着かせながら前
を向けば、口をパクパクしている父親の横で
「やっぱりね」とでも言いたげに母がしたり
顔をしていた。
すっと姿勢を正し、智花が父を見据える。
その横顔は凛とした一人の女性で、御堂に
対する想いは真剣なのだと雄弁に語っている。
「そもそも、この結婚は無理があり過ぎた
のよ。長女が継がなきゃいけないなんて法律
があるわけでもないのに、ちぃ姉に自分の理
想を押し付けたお父さんに問題があるのっ。
『押し付けた縁は続かぬ』って言葉があるじ
ゃない。好きでもないのに無理に結婚させて
二人が上手くいかなかったら、お父さんは
どう責任取るつもりよ?御堂先生だって可哀
そうだわ。ちぃ姉の気持ちはたっくんに向い
てるって知っていながら、結婚しなきゃなら
ないんだから。こんな誰も幸せになれない
結婚、黙って見ていられない。みんなが不幸
になるくらいなら、智花が御堂先生と結婚し
てあの学園を守っていく!御堂先生だって愛
されないまま結婚するより、その方がよっぽ
ど幸せよ。どうしても、先生が智花のこと嫌
だっていうなら諦めるけど、それでも、あの
学園は智花が後を継ぐから。ちぃ姉に負けな
いくらい学園が大好きだし、不器用で石頭で
要領の悪いちぃ姉より、絶対上手く経営でき
る自信があるもん。だからお父さんお願い。
もうちぃ姉を縛らないであげて。二人を自由
に生きさせてあげて」
そこまで一息に言って智花が肩で息をつく。
途中、随分酷いことを言われた気がしたが、
そこまで真剣に自分のことを想ってくれてい
たと知れば、熱く込み上げてくるものがある。