白いシャツの少年 【恋に焦がれて鳴く蝉よりも・番外編】
「……智花」
涙で視界を揺らしながら名を呼べば、妹は
横目で自分を捉え、「はいはい」と言いたげに
眉を顰めている。
対して、自分のやり方を全否定された父親
は、顔をまっ赤にしながらワナワナと唇を震
わせていた。その顔はもはや般若のようで、
千沙は憤怒する父親に怯えながら声を掛ける。
――けれど、時すでに遅し。
「おっ、お父さん?……あの」
父親を宥めるべく千沙が腰を浮かした瞬間、
落雷のような怒鳴り声が頭上に降ってきた。
「もう知らん!勝手にしろっ!!」
バン、とテーブルを叩いたかと思うと、
すっく、と立ち上がって父親は部屋を出て
行ってしまう。その間、わずか0・3秒。
けんもほろろに突き放された千沙は、どう
すればいいかわからず、助けを求めるように
母親に目を向けた。
「……まったく、困った人ね」
と、母がため息をつく。
けれど、その顔にはほのかに笑みが浮かん
でいて、口で言うほど母がそう思っていない
のだとわかる。
「お父さんたら……本当に短気で不器用
で、思い込みが激しいんだから。大丈夫よ
千沙、そんな深刻な顔をしなくても。あと
は野となれ山となれ、という感じかしらね。
あの人だって娘が可愛くないわけがないん
だから、御堂先生に頭を下げて、その後の
ことも何とかするでしょう。とにかく、
千沙の気持ちを置き去りにしたまま、結婚
が進んでしまわなくて良かった。これも
智花と侑久君のお陰ね。料亭に智花が現れ
た時はびっくりしたけど、先方の気分を
損ねることなく、あの場を収めてくれて
本当に助かったわ」
ふふ、と頬に手をあてながら母がそう言う
と、智花と侑久は満足そうに笑みを交わす。
それは紛れもなく共犯者の笑みで、向こう
見ずとも言える計画を強行してしまえるあた
り、この二人は似た者同士なのかも知れない、
と千沙は密かに思ったのだった。
智花がまたくるくると後れ毛で遊びだす。
その智花に「ありがとう」と千沙が口に
すると、にやりと、何やら不気味な笑みを
返された。
「ホント、世話の焼ける姉を持つと苦労
するわよねぇ。ここ数日、受験勉強そっち
のけで着物借りたり、料亭の下見したりで
疲れちゃった。でも、これでちぃ姉とたっ
くんがハッピーエンドになれると思えば、
智花の苦労も報われるかなぁ。御堂先生の
方は、失恋につけ込みながらじっくり落と
せばいいし。最後はめでたし、めでたしで
終われそうね。あ、そうそう。この計画の
ためにかかった費用は立て替えておいたか
ら、ちぃ姉よろしくね。実はこの振袖、
最初はレンタルするつもりだったんだけど、
とっても気に入ったから買っちゃったの♪
成人式にも使えるし、一石二鳥でしょ?」
そう言って、ひらりと一枚の紙を千沙の
前に差し出す。智花の不敵な笑みに嫌な
予感を覚えながらその紙を手に取れば、
扇と毬がワンポイントに描かれた領収書
には、『高山様』という宛名。
さらにその下に目を移し金額欄を見た
千沙は、絶句した。
「ごっ……ごっじゅっ……!?」
そこには、ボーナスが吹っ飛びそうな
金額が書かれている。隣から覗き込んだ
侑久も「うわ、エゲツな」と顔を顰めた。
涙で視界を揺らしながら名を呼べば、妹は
横目で自分を捉え、「はいはい」と言いたげに
眉を顰めている。
対して、自分のやり方を全否定された父親
は、顔をまっ赤にしながらワナワナと唇を震
わせていた。その顔はもはや般若のようで、
千沙は憤怒する父親に怯えながら声を掛ける。
――けれど、時すでに遅し。
「おっ、お父さん?……あの」
父親を宥めるべく千沙が腰を浮かした瞬間、
落雷のような怒鳴り声が頭上に降ってきた。
「もう知らん!勝手にしろっ!!」
バン、とテーブルを叩いたかと思うと、
すっく、と立ち上がって父親は部屋を出て
行ってしまう。その間、わずか0・3秒。
けんもほろろに突き放された千沙は、どう
すればいいかわからず、助けを求めるように
母親に目を向けた。
「……まったく、困った人ね」
と、母がため息をつく。
けれど、その顔にはほのかに笑みが浮かん
でいて、口で言うほど母がそう思っていない
のだとわかる。
「お父さんたら……本当に短気で不器用
で、思い込みが激しいんだから。大丈夫よ
千沙、そんな深刻な顔をしなくても。あと
は野となれ山となれ、という感じかしらね。
あの人だって娘が可愛くないわけがないん
だから、御堂先生に頭を下げて、その後の
ことも何とかするでしょう。とにかく、
千沙の気持ちを置き去りにしたまま、結婚
が進んでしまわなくて良かった。これも
智花と侑久君のお陰ね。料亭に智花が現れ
た時はびっくりしたけど、先方の気分を
損ねることなく、あの場を収めてくれて
本当に助かったわ」
ふふ、と頬に手をあてながら母がそう言う
と、智花と侑久は満足そうに笑みを交わす。
それは紛れもなく共犯者の笑みで、向こう
見ずとも言える計画を強行してしまえるあた
り、この二人は似た者同士なのかも知れない、
と千沙は密かに思ったのだった。
智花がまたくるくると後れ毛で遊びだす。
その智花に「ありがとう」と千沙が口に
すると、にやりと、何やら不気味な笑みを
返された。
「ホント、世話の焼ける姉を持つと苦労
するわよねぇ。ここ数日、受験勉強そっち
のけで着物借りたり、料亭の下見したりで
疲れちゃった。でも、これでちぃ姉とたっ
くんがハッピーエンドになれると思えば、
智花の苦労も報われるかなぁ。御堂先生の
方は、失恋につけ込みながらじっくり落と
せばいいし。最後はめでたし、めでたしで
終われそうね。あ、そうそう。この計画の
ためにかかった費用は立て替えておいたか
ら、ちぃ姉よろしくね。実はこの振袖、
最初はレンタルするつもりだったんだけど、
とっても気に入ったから買っちゃったの♪
成人式にも使えるし、一石二鳥でしょ?」
そう言って、ひらりと一枚の紙を千沙の
前に差し出す。智花の不敵な笑みに嫌な
予感を覚えながらその紙を手に取れば、
扇と毬がワンポイントに描かれた領収書
には、『高山様』という宛名。
さらにその下に目を移し金額欄を見た
千沙は、絶句した。
「ごっ……ごっじゅっ……!?」
そこには、ボーナスが吹っ飛びそうな
金額が書かれている。隣から覗き込んだ
侑久も「うわ、エゲツな」と顔を顰めた。