白いシャツの少年 【恋に焦がれて鳴く蝉よりも・番外編】
「そのお値段で二人の幸せな未来が手
に入ったんだから、安いもんじゃない?
あ、それとこれは料亭の領収書。智花の
貯金、すっからかんになっちゃったから
早めに返してねぇ」
侑久の前にもひらりと領収書が置かれる。
それを恐る恐る覗き込めば、やはり安く
はない金額が記されていて……二人は顔を
見合わせた。
そして、どちらともなく笑みを零す。
ほんの数時間前まで、諦めなければなら
ないと思っていた笑顔が傍にある。そして、
誰よりも近くで侑久の夢を支えられるとい
う未来が待っている。そう思えば、領収書
の額は決して高くはないのだけれど……。
「智花ってば、本当にちゃっかりしてる
んだから」
不意に母親の呆れた声がして、智花がペ
ロリと舌を見せる。と、プツリと緊張の糸
が解けたように、その場が笑いに包まれた
のだった。
――その夜。
千沙は何年か振りに侑久と「みはらしヶ
丘」を訪れていた。
丘陵地にある広大な芝生公園は、今日も人
影がなく、辺りはしんしんと夜が降り注いで
いる。その暗闇に溶けるようにして望遠鏡を
覗く侑久の横顔は、いつかの日の面影を色濃
く残していて、千沙は懐かしさに目を細めた。
「今日は月が見えないんだな」
冬の澄んだ夜空を見上げながらそう呟くと、
侑久が接眼レンズを覗いたままで頷く。あの
夜のように白銀の天満月は見えないが、目を
凝らせばきらきらと星たちが輝いていた。
「いまの時期は月が地球から一番離れてい
るからね。でもその代わりにクリスマス星団
が見えるよ」
「クリスマス星団?」
その言葉に首を傾げた千沙は、今日がクリ
スマスであることを思い出す。そう言えば、
昨日は侑久からファーストキスというプレゼ
ントを貰ったことまで思い出せば、胸の奥が
ざわざわと騒ぎ出してしまった。
侑久が千沙の手を握り、望遠鏡へと導く。
導かれるままレンズを覗くと、侑久は千沙
の背に手を添え、耳元で話し始めた。
「南の空を見てごらん。わかるかな?夜空
では南北が反対に見えるんだけど、真ん中に
輝く明るい星がいっかくじゅう座のS星で、
クリスマスツリーの根元にあたるんだ。そこ
からツリーの三角形を想像すると……何とな
く大きなクリスマスツリーに見えない?」
レンズの向こうに広がる無限の宇宙を間近
に見ながら、千沙は侑久に言われるまま想像
の中で星たちを繋いでゆく。すると確かに、
淡く光る星雲の真ん中に、クリスマスツリー
が逆さまに浮いているように見えた。
「見えた!ほんとだ、クリスマスツリーに
見える。綺麗だな、ちゃんと木のてっぺんに
お星様が輝いてる」
レンズを覗きながら子供のようにはしゃぐ
と、侑久も満足そうに笑った。
「毎年この時期は南の空にクリスマスツ
リーを見ることが出来るんだ。ここから2400
光年も離れた、宇宙からのクリスマスプレゼ
ント。ずっと、ちぃ姉と二人で観たいと思っ
てたから、晴れててよかった」
耳元から遠ざかってゆく声に、千沙は顔を
上げる。すっ、と背筋を伸ばして隣に立つ彼
は、切なさの滲んだ眼差しを自分に向けて
いる。
に入ったんだから、安いもんじゃない?
あ、それとこれは料亭の領収書。智花の
貯金、すっからかんになっちゃったから
早めに返してねぇ」
侑久の前にもひらりと領収書が置かれる。
それを恐る恐る覗き込めば、やはり安く
はない金額が記されていて……二人は顔を
見合わせた。
そして、どちらともなく笑みを零す。
ほんの数時間前まで、諦めなければなら
ないと思っていた笑顔が傍にある。そして、
誰よりも近くで侑久の夢を支えられるとい
う未来が待っている。そう思えば、領収書
の額は決して高くはないのだけれど……。
「智花ってば、本当にちゃっかりしてる
んだから」
不意に母親の呆れた声がして、智花がペ
ロリと舌を見せる。と、プツリと緊張の糸
が解けたように、その場が笑いに包まれた
のだった。
――その夜。
千沙は何年か振りに侑久と「みはらしヶ
丘」を訪れていた。
丘陵地にある広大な芝生公園は、今日も人
影がなく、辺りはしんしんと夜が降り注いで
いる。その暗闇に溶けるようにして望遠鏡を
覗く侑久の横顔は、いつかの日の面影を色濃
く残していて、千沙は懐かしさに目を細めた。
「今日は月が見えないんだな」
冬の澄んだ夜空を見上げながらそう呟くと、
侑久が接眼レンズを覗いたままで頷く。あの
夜のように白銀の天満月は見えないが、目を
凝らせばきらきらと星たちが輝いていた。
「いまの時期は月が地球から一番離れてい
るからね。でもその代わりにクリスマス星団
が見えるよ」
「クリスマス星団?」
その言葉に首を傾げた千沙は、今日がクリ
スマスであることを思い出す。そう言えば、
昨日は侑久からファーストキスというプレゼ
ントを貰ったことまで思い出せば、胸の奥が
ざわざわと騒ぎ出してしまった。
侑久が千沙の手を握り、望遠鏡へと導く。
導かれるままレンズを覗くと、侑久は千沙
の背に手を添え、耳元で話し始めた。
「南の空を見てごらん。わかるかな?夜空
では南北が反対に見えるんだけど、真ん中に
輝く明るい星がいっかくじゅう座のS星で、
クリスマスツリーの根元にあたるんだ。そこ
からツリーの三角形を想像すると……何とな
く大きなクリスマスツリーに見えない?」
レンズの向こうに広がる無限の宇宙を間近
に見ながら、千沙は侑久に言われるまま想像
の中で星たちを繋いでゆく。すると確かに、
淡く光る星雲の真ん中に、クリスマスツリー
が逆さまに浮いているように見えた。
「見えた!ほんとだ、クリスマスツリーに
見える。綺麗だな、ちゃんと木のてっぺんに
お星様が輝いてる」
レンズを覗きながら子供のようにはしゃぐ
と、侑久も満足そうに笑った。
「毎年この時期は南の空にクリスマスツ
リーを見ることが出来るんだ。ここから2400
光年も離れた、宇宙からのクリスマスプレゼ
ント。ずっと、ちぃ姉と二人で観たいと思っ
てたから、晴れててよかった」
耳元から遠ざかってゆく声に、千沙は顔を
上げる。すっ、と背筋を伸ばして隣に立つ彼
は、切なさの滲んだ眼差しを自分に向けて
いる。