白いシャツの少年 【恋に焦がれて鳴く蝉よりも・番外編】
「そうだな……あえて言うなら、惜しみな
い愛情を掛けてくれるところかな」
「惜しみない、愛情?」
「うん。あの夜、ここに俺を迎えに来てく
れた時もそうだった。自分は薄いカーディガ
ンをひっかけてるだけなのに、一枚しかない
パーカーを俺のために持って来てくれたんだ。
今回のこともそう。自分の気持ちよりも、俺
の夢の方が大事で、本当は辛いくせに、一緒
に学園継ぐって言っても、頑として首を縦に
振らない。いつもいつも、自分のことより俺
のことを最優先してくれる。そんな風に人を
愛せるところが好きでたまらないし、大事に
したいと思う。他にも、好きなところはたく
さんあるけど……全部言った方がいい?」
くすくすと笑いながら顔を覗き込む侑久に、
千沙は首を振る。無意識のうちにそうして
いたことが侑久の心を掴んだのだとすれば、
侑久もきっと無意識のうちに千沙の心を掴ん
でいる。
あの夜、この場所でひっくり返りそうに
なった自分を支えてくれた強い腕。思えば、
あの瞬間から自分は侑久を男として意識し
始めたのだ。
同じ時に、同じ場所で、自分たちの心は
動き始めた。好きだと言えないまま時が過
ぎてもそれは変わることなく、これ以上の
想いが、この世界の何処にあるというの
だろう?
侑久の顔が真剣なものに変わる。
千沙は暗闇の中の、澄んだ瞳を見つめた。
「この指に永遠を誓うのはもう少し先に
なるけど、いつか渡米する時は奥さんにな
ったちぃ姉を連れて行くつもりだから……
それまで待ってて欲しい」
それは紛れもなく将来の約束で、千沙の
左手の薬指に口付ける彼を見れば、つんと
鼻先が痛みを訴える。
待たない訳がない。
何年でも、何十年でも、待っている。
そう伝えたいのに、込み上げてくるもの
が喉を塞いでしまって、千沙はただ頷いた。
満足そうに笑んだ侑久の顔が近づいてくる。
温かな息がかかって瞼を閉じれば、軽く
やわらかなものが唇に触れ、すぐにまた
離れてゆく。
それはまるで誓いの口付けのようで、唇
を離した侑久を見れば何だか照れ臭かった。
「ちぃ姉、寒くない?」
恥らいに下を向いてしまった千沙を侑久
が抱き寄せる。「大丈夫」と答えて彼の背を
抱けば、耳元でくすりと笑う声が聞こえる。
「どうかした?」
肩に頬を寄せたまま訊けば、「いや」と
笑いを堪えるような声がして、千沙は首を
傾げた。
「いやさ、この続きは俺が卒業するまで
お預けなんだろうな、って思ったら、あと
3カ月がすごく長く感じて」
その言葉の意味を理解した瞬間、千沙は
頬を上気させる。そして、腕の中から侑久
を見上げると、強い口調で言った。
「そんなの当たり前だ。卒業するまで、
絶対ダメだ」
「はいはい」
暗闇の中に侑久の白い歯が見える。
その笑顔に、白いシャツを着た少年の
ころの面影が重なる。
千沙はひとり懐かしさに胸を焦がすと、
もう一度侑久の肩に頬を埋め、瞼の裏に
彼を閉じ込めたのだった。
い愛情を掛けてくれるところかな」
「惜しみない、愛情?」
「うん。あの夜、ここに俺を迎えに来てく
れた時もそうだった。自分は薄いカーディガ
ンをひっかけてるだけなのに、一枚しかない
パーカーを俺のために持って来てくれたんだ。
今回のこともそう。自分の気持ちよりも、俺
の夢の方が大事で、本当は辛いくせに、一緒
に学園継ぐって言っても、頑として首を縦に
振らない。いつもいつも、自分のことより俺
のことを最優先してくれる。そんな風に人を
愛せるところが好きでたまらないし、大事に
したいと思う。他にも、好きなところはたく
さんあるけど……全部言った方がいい?」
くすくすと笑いながら顔を覗き込む侑久に、
千沙は首を振る。無意識のうちにそうして
いたことが侑久の心を掴んだのだとすれば、
侑久もきっと無意識のうちに千沙の心を掴ん
でいる。
あの夜、この場所でひっくり返りそうに
なった自分を支えてくれた強い腕。思えば、
あの瞬間から自分は侑久を男として意識し
始めたのだ。
同じ時に、同じ場所で、自分たちの心は
動き始めた。好きだと言えないまま時が過
ぎてもそれは変わることなく、これ以上の
想いが、この世界の何処にあるというの
だろう?
侑久の顔が真剣なものに変わる。
千沙は暗闇の中の、澄んだ瞳を見つめた。
「この指に永遠を誓うのはもう少し先に
なるけど、いつか渡米する時は奥さんにな
ったちぃ姉を連れて行くつもりだから……
それまで待ってて欲しい」
それは紛れもなく将来の約束で、千沙の
左手の薬指に口付ける彼を見れば、つんと
鼻先が痛みを訴える。
待たない訳がない。
何年でも、何十年でも、待っている。
そう伝えたいのに、込み上げてくるもの
が喉を塞いでしまって、千沙はただ頷いた。
満足そうに笑んだ侑久の顔が近づいてくる。
温かな息がかかって瞼を閉じれば、軽く
やわらかなものが唇に触れ、すぐにまた
離れてゆく。
それはまるで誓いの口付けのようで、唇
を離した侑久を見れば何だか照れ臭かった。
「ちぃ姉、寒くない?」
恥らいに下を向いてしまった千沙を侑久
が抱き寄せる。「大丈夫」と答えて彼の背を
抱けば、耳元でくすりと笑う声が聞こえる。
「どうかした?」
肩に頬を寄せたまま訊けば、「いや」と
笑いを堪えるような声がして、千沙は首を
傾げた。
「いやさ、この続きは俺が卒業するまで
お預けなんだろうな、って思ったら、あと
3カ月がすごく長く感じて」
その言葉の意味を理解した瞬間、千沙は
頬を上気させる。そして、腕の中から侑久
を見上げると、強い口調で言った。
「そんなの当たり前だ。卒業するまで、
絶対ダメだ」
「はいはい」
暗闇の中に侑久の白い歯が見える。
その笑顔に、白いシャツを着た少年の
ころの面影が重なる。
千沙はひとり懐かしさに胸を焦がすと、
もう一度侑久の肩に頬を埋め、瞼の裏に
彼を閉じ込めたのだった。