偶然から始まった恋の行方~敬と真理愛~
「今日は忙しくて病棟に上がる時間がなかったんだ」
「うん」
あれだけ混んでいたんだから、仕方がないと思う。

「怒っているのか?」
「ううん」

私は首を振った。

「じゃあ、どうした?」
「どうも、してない」

何があったわけでもない。
子供の頃のお母さんとの暮らしを思い出して、私が勝手に落ち込んでいるだけ。
今、当たり前に高城を名乗っている自分がズルをしているようで、逃げ出したくなってしまった。それだけのこと。

「何かあったのか?」
「何も、ないよ」
「嘘つけ」

ギュッと、敬さんが私の鼻をつまんだ。

「もう、やめて」
手を振り払うと同時につい口元が緩む。

「やっと、笑ったな」

何も言わなくても、敬さんになら伝わる気がした。
悲しみも寂しさも敬さんにならわかってもらえると思った。
だから、私はここへやって来た。

「敬さん、ごめんね」
「バァカ」

玄関を入ってすぐのスペースにいる私たち。
私は敬さんの腰に手を回し、敬さんは私の肩を抱き寄せた。


どのくらい時間が経っただろうか、一瞬敬さんの体が私から離れ、追うように顔を上げた私をまっすぐに見下ろす眼差し。
次の瞬間、

んっ。

唇と唇が重なった。
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