メール婚~拝啓旦那様 私は今日も元気です~
「あのぉ。ここは一体?」
大きな家の前で戸惑いながら訊ねる。
夜の八時。誰かの家を訪問するには遅すぎる時間だ。
「実家よ!」
朗らかに言うと、晴夏は持っていた鍵で戸惑うことなく扉を開け、「ただいまー」と大きな声で呼びかけた。
パタパタと走る音が聞こえ、綺麗な女性が出てくる。
「遅かったじゃないの」
「えー。草木染するから遅くなるって言ったでしょ」
唇を尖らせながら抗議する晴夏には目もくれず、女性が優しく灯里に話しかけた。
「あなたが灯里さんね。はじめまして、陽大の母の陽子です」
あまりの衝撃に灯里はなんと返事をしたのかよく覚えていない。
おそらくちゃんと挨拶をしたと思うのだが、定かじゃないのだ。それくらい仰天した。どうぞ上がってと言われ、晴夏にグイグイ引っ張られながら家の中を進む。
ダイニングの大きなテーブルには、お義父様もいて、そこで灯里はもう一度膠着した。
サプライズにしてはすごすぎる。
安西と灯里は偽装結婚なのだ。まさか、安西本人に会ったこともないのに、ご両親に会うとは思いもしなかった。
「お腹すいたー。ご飯ご飯」
屈託なく晴夏が騒ぎ、「晴夏が遅くなるから悪いんでしょ」と、お義母様がたしなめる。
「先に食事にしよう。灯里さんもよく来てくれたね」
お義父様が優しく声をかけてくれた。
安西家の人たちは温かく、優しい人たちだった。