メール婚~拝啓旦那様 私は今日も元気です~

灯里はこの三年間実によくやってくれた。安西が指示した通りに住民に溶け込み、事細かく報告を送ってくれた。灯里が気づかせてくれたことも多く、それを活かして地域おこしをしたところもある。

送られてきたメールにはよく写真が添付されていて、写真の中で笑う住民の顔を見ていると、なんとしてでも地域おこしを成功させねばと、決意することもあった。灯里と結婚してからは、明らかに仕事に対する姿勢が変わったと思う。それまでは単なる仕事だと割り切っていたことも、心が伴うようになったというか…

初めからこんな気持ちでいれば、今までの地域おこしも違っていたのだろうか。

『恨んでやる』
安西をなじる声が思い出される。

地域おこしの方針が割れて、住民投票の結果、辞任に追い込まれた町長がいた。
その町長は投票で採択された案には反対だったのだ。

町での話し合いが平行線をたどり、業を煮やして住民投票を勧めたのは安西だ。結果、地域おこしは成功したが、その町長は安西を恨みながら姿を消した。

地域おこしが成功しても、みんなが満足するわけではない。

でも、あの時もっと町長や住民に寄り添うことができたら、住民投票までもつれ込むことはなかったのかもしれない。町長を辞任に追い込んでしまった結末に、後味の悪い思いが残る。

ずっと安西も引きずっていた案件だが、最近このことを思い出すことが多い。
地域に一生懸命溶け込み、自分の出来る限りのことを尽くす灯里を見ているからだろう。

灯里のメールは自分を見直すきっかけをくれる。
毎週金曜日の灯里のメールは安西の楽しみの一つになっていた。今回はどんな内容なんだろうと弾む気持ちでいつも待っている。

ただ、最初の海鮮焼きそばから始まって、東北では芋煮、北海道では焼きもろこしと、やたらと安西にエアで食べさせたがるのには苦労した。毎回、昼の十二時に差し出すので口を開けていろと言う。
灯里にそう言われる度に安西が同じものを探して食べていたのを、もちろん灯里は知る由もないが…

安西はタブレットの中で微笑む灯里を見た。最初の応募写真だ。

会ってみたい。

安西もそう考えたことがある。今西が灯里に会い、様子を知らされるたびにそう思ってきたと言ってもいい。いや、本当は初めてこの写真を見た時に、そう思ったかもしれない。

安西も離婚が近づいてくるのを、寂しく思っているのは確かなのだ。

「次は関東か…」

灯里の最後の赴任地は関東だ。町の目玉になるようなイベントを催したいという依頼を受けたので灯里に行ってもらう。

安西は考え込んだまま、オフィスから見える東京の町をしばらく眺めていた。

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