メール婚~拝啓旦那様 私は今日も元気です~

町を散策し家に戻ると、隣家から若い男が出て来た。

「灯里ちゃん、もう片付いた?」
「まだあと少しって感じです。大和さんはこれからお仕事ですか?」
「うん」

親し気に会話をする二人を安西はジト目で見ていた。

「こちらは?」

視線に気づいたのか、大和という若い男が灯里に聞いた。

「わたしに仕事を依頼してくれた人たちです。この家を借りてくれているのもこの人たちなんですよ」

灯里は『滞在記を書く』という名分で町に来ている。この説明で正解なのだが、なんだか面白くない。

「こちらは大家さんの息子さんです。初日に家の鍵がうまく開かなくて、いきなりお世話になってしまったんです」

やっぱり!やけに年季が入ってる家だと思ったんだ。鍵が開かないなんて、不都合ありまくりじゃないか。
でも、大家の息子ということは、この男はいつでも灯里が住む家の鍵を開けられるということか。
優しい眼差しで灯里を見ている大和を、安西は不躾にジロジロと見た。

「灯里ちゃんがいい滞在記を書けるように、全力で力になりますよ。お任せください」

ニコニコと宣戦布告とも取れるセリフを言い残して、大和は出かけて行った。

「この辺りの土地は全部大家さんの所有地なんですって。大和さんは不動産会社の社長さんだそうです。すごいですよねー」

大和を褒める灯里が気にくわない。『俺だって会社を経営しているぞ』と言いたいところだが、今はヤマダだ。ちゃんと安西として会えていたなら、大和にも「妻がお世話になっております」と言えたのに。

ヤマダってなんだよ…

自分で言い出したことだが、ヤマダである自分にやるせない思いがした。


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