契約結婚のススメ
 祖父は手を痛めていて、手首にサポーターを巻いている。久しぶりに大作を作ったらしく、無理をして痛めてしまったようだ。

「うーん。まあ良くなっているんじゃないか」

 老眼鏡をかけて新聞を広げたまま、祖父は他人事のような気のない返事をするが、そう簡単には治らないはずだ。

 コーヒーのほか簡単な軽食しか出してはいないとはいえ、フライパンは重たいし洗い物だってある。店を開けば否応なく手を使ってしまうから、本当はしばらく店を休んだほうがいいのに。頑固だから言っても聞かない。

 もしかしたら、家にひとりでいるのは寂しいのかな。

「じゃあ、私はお掃除するね」

「ああ、ありがと」

「おじいちゃん、私しばらく毎日店番に来るからね」

「ん? 大丈夫なのか」

「うん。言ったでしょ。一貴さんが来週からひと月海外出張でいないんだ」

「そうか。でもバイト代は安いぞ」

 祖父はうれしそうに目を細めて、また新聞に目を落とした。

 ふふ。おじいちゃん照れてる。

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