契約結婚のススメ
参ったな。
「専務? どうかしました?」
「いや、なんでもない」
憂鬱なだけだ。ただ、なんとなく。
「奥様を置いて、おひとりでの長期出張は寂しいですか」
言われて思わず横にいる森下を振り向いた。
冷やかしなのか同情なのか、森下はニコリともしない。いつものように淡々とした表情のまま書類に落としている。
「そう見えるのか」
「ええ。そんなふうに哀愁を帯びた溜め息なんて、専務が結婚するまで聞いた記憶はありませんから」
顔を上げジッと俺を見た森下は短く息を吐く。
「奥様のおじいさまがご病気なんですから、仕方ないじゃありませんか」
「お前もよくそんな細かい話まで知っているな。誰から聞いたんだ」
森下はハハッと冷めた声を上げる。
「もうお忘れですか。『俺より腱鞘炎の祖父が大切らしい』ってご自身でボヤいていたのに」
減らず口め。
目を細めて睨む森下をぎろりと睨み返し、心でチッと舌を打つ。
確かに言ったさ。その通りだからな。