契約結婚のススメ
「どうしたの? もしかしてまた……」

 義母も事情をわかっているらしい。そのままシノさんの背中に手を回し、困ったとばかりにため息をつく。

「あの方の言う通りにしていたら、枇杷亭はめちゃくちゃになってしまいます。ようやく盛り返してきたところなのに」

 聞けば叔母は、料理も仲居の着る着物も時代遅れだと言うらしい。食材の質を落としてイタリア料理を取り入れてと、細かい指示までしてくると言うのだ。

「経営のなにもわかっていないんです。次の日にはまったく違う指示をしたり」

 義母が「女将になったつもりでいるらしいわ」と言葉を添えた。

 昔から叔父は叔母に頭が上がらない。叔母を注意したりはしないだろう。

「こう言っては失礼ですが、これまでも社長の提案で進めた事業は失敗しているんです。銀座店も先代は最後まで反対でしたし」

「そうなの?」

 うなずくシノさんに、私はただあぜんとするばかりだ。

 明日は休みだというシノさんにワインを進め、三人でグラスを傾けた。

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