契約結婚のススメ

「お帰りなさい。陽菜。冷蔵庫にジェラートが入ってるわよ」
「はーい」

 春とはいえ気温はまだ低い。でもジェラートのおいしさは季節を選ばないから、着替えるより先に早速冷凍庫を覗いた。

 冷気に包まれたカップの蓋を見てしばし悩み、マスカルポーネと蓋に書かれたカップを取り出す。

 着替えたりコーヒーを落としたりする間に、コチコチに凍っているジェラートが少し溶けるだろう。

 ふとローマでの思い出が脳裏をよぎった。
 アキラさんは、どうしてるかな。

 本場で食べたリコッタチーズのジェラートは美味しかったなあ。

 イケメンお兄さん、アキラと呼んだ彼の本名は結局わからずじまいだった。彼も私も最後まで本名は言わないまま、別れ際に電話番号を書いたメモをくれたけど、そこにも名前はなかった。

『しばらくミラノにいるから、ミラノに来た時は連絡して。またジェラートをごちそうするよ』
 結局連絡しないまま、私は帰国した。

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