契約結婚のススメ
 内定していた就職を断ったのは結婚するつもりでいたわけじゃなくて、倒れた父が心配だったからだ。

 就職を断ったことがこんな形で幸いするなんて、人生わからないものである。

『いくらいい話でも、気が進まないようなら断っていいんだよ』

 父は眉を下げて心配そうに囁いた。

『陽菜が言えないならお父さんから、うまく断っておくから』

 今日は体調が良かったのだろう。顔色は悪くなかった。少し太ったように見えるけど、それは健康になったわけじゃなくて薬の副作用のせいだ。

『うん。でも大丈夫よ、お父さん。ちゃんと考えたんだ』

 父が心配しないように、にっこりと頬を上げて私は精一杯明るく微笑んだ。

『お前の花嫁姿を見たい気もするが、まだ大学を卒業したばかりなんだからね』

『うん。でも私早く結婚するのが夢だったし』

 というのは嘘。私は自立した女性を目指していた。

 優先順位が変わっただけ。

 今はなによりも父を安心させたい。結婚を決めた理由はそれだけだ。

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