契約結婚のススメ
 それにしてもちょっと心配だ。
 彼はちょっと危機感が薄いように見える。

 ここは東京じゃないのだから、そんなふうに電話に気を取られながら歩いていたら、格好の餌食になってしまう。ローマでもこのあたりはとくにスリが多い。彼が小脇に抱えているバッグは、いかにも狙われそう。

 気を揉みながら進み、彼とすれ違うまであと一メートルというところまで来た時だ。
 どこからともなく現れたチラシを持って歩道に立っていた十代半ばの女の子が、彼に向かってチラシを差し出した。

「あっ」
 ほらもう、言わんこっちゃない。

 行く手を阻まれで彼が立ち止まった一瞬、別の女の子が後ろから彼のバッグに手を伸ばす。と同時に、私は慌てて駆け寄り正面から彼のバッグを掴んだ。

「アキラ! お待たせ」
 声を掛けにっこりと微笑む。

 ハッとしたように私を見下ろす彼に、「スリですよ」と小声で声をかけ、私は彼のバッグ共々腕を取った。よし、これで大丈夫。

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