契約結婚のススメ
『ありがとう』と礼を言ったとき、彼女はにっこりと破顔して、そのまま立ち去ろうとした。その時の屈託のない笑顔に後ろ髪をひかれてカフェに誘ったが、俺が誘わなければ、彼女はあのまま行ってしまっただろう。

 俺がカフェの店員と話しているのを見ていたときの、キョトンとした顔。少女のような純粋な瞳をした、俺の周りにはまずいないタイプの女の子。

 ヒヨコの〝ヒ〟は、陽菜の〝ひ〟だったんだな。

「専務、ローマでなにがあったんですか」

「やけに食いつくな。これ以上は秘密だ」

 お前たちには言えないさ。

 まあ要するに俺たちは契約結婚なんだ。

 退屈なプライベートの気晴らしに、かわいいヒヨコを飼うのも悪くないだろう?

 ふと思い立ち陽菜にメッセージを送る。

【今日は早く帰れそうだから、夕食でも一緒にどうかな?】

 メッセージはすぐに既読がつき、返事が来た。

【はい。連絡を待っています】



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