契約結婚のススメ
 とにかく彼が電話を切ったら、事情を話して別れようと思った矢先、「かけなおす」と、ようやく電話を切った彼が私を見下ろした。

「このバッグを、女の子たちのスリに狙われていたんです」

「――あ、ああ、そうか」

「前の女の子がチラシを差し出して、お兄さんの足を止めて。後ろにいた子が、バッグを引っ張って」
 そこまで説明すると、男性はようやく「ありがとう」と口角を上げた。

「助かった」

「いえいえ、それじゃ」
 ペコリと頭を下げて行こうとすると、「君」と、呼び止められた。

「急いでる?」

「えっと……」
 時間はある。買い物に来ただけだから。

「もしよければ」と、彼が目を細めて微笑んだ。

 うわっ。
 思わずハッと息を飲んだ。

 なんてきれいな笑顔なの。彼の背後に美しい花が飛び散っている、というのは私の妄想だけれど、それくらい魅力に溢れている。

「お礼にジェラートでも、どうかな」
「ジェラート?」

「嫌い?」
「い、いえいえ」と左右に首を振った。

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