契約結婚のススメ
 父もどこかで見ているはず。
 最近はとても体調が良くて、今日も午後早くから来ている。一貴さんと挨拶をしたときは、義母と並んで下の階ラウンジにいた。

 どこにいようとも一貴さんが父のために、いつでも休めるようスイートルームを用意してくれたし、お客様の中には南城家の主治医もいるから、安心できた。でも――。

 顔が見たいけれど、今はだめ。きっと涙が止まらなくなってしまう。

 お父さんは知っているの? 美加と枇杷亭のこと。

 おかあさん、お父さんはまだ元気なのに、どうして美加に女将の話なんてするの?

 一貴さん、私になにか隠しているの?

 誰に聞いたらいいの……。


「あ、陽菜」と、ふいに声を掛けられた。
「叔父さん」

 枇杷亭を父と一緒に切り盛りしている叔父の司郎さんだ。枇杷亭は株式会社になっているから叔父の役職は副社長。社長である父が治療に専念している今は、父に代わって枇杷亭を守ってくれている。

「陽菜、いい旦那さんもらったな」

「ふふ、ありがとう」

 叔父は何か知っているのかな。
 聞くに聞けず、もやもやと胸に暗雲が広がっていく。

 パンパンと火薬が弾ける度に、まるで心を叩かれているようだ。

 人生はそんなに甘くないぞ、しっかりしろと。

 私、浮かれすぎていたんだ。
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