契約結婚のススメ
「ううん。忙しいのに来てくれてありがとう。お礼言っておいてね」

 叔母は婦人服のセレクトショップを経営している。店の方で急ぎの用事があるらしい。

「陽菜、ここにいたのか」

 ハッとして振り向くと、一貴さんが立っていた。

「一貴さん」

 叔父さんと一貴さんで、型通りの挨拶を交わしている間に、私は深呼吸をして自分の頬を指先で持ち上げた。

 気持ちを切り替えなくちゃいけない。

 さあ、笑顔でお客様を見送ろう。

「疲れただろう。あとひと踏ん張りだ」

「はい」

 相変わらず優しい一貴さんの変わらぬ様子に、胸が苦しくなる。


 クルーザーの出口に立ち、しばらくは挨拶に忙しくて雑念に振り回されずに済んだ。

 最後まで失礼がないよう笑顔を貼り付けて、背筋を伸ばす暇もないほど頭をさげて。内情はどうあれ、私たちの結婚を祝ってくれた大切な人々だ。

 心を込めて精いっぱい感謝を述べた。

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