契約結婚のススメ
 私の結婚を見届けたようにして、父は亡くなった。

 奇跡は起きなかったのだ。

 それでも花嫁姿を見せてあげられた。
 詳しくは聞いていないが、一貴さんのおかげで、枇杷亭の経営状況は危機を乗り越えつつあるらしい。

 だから、父も安心できた最期だったと思う。

 私の結婚は親孝行になったかな。

 そうだといいのだけれど……。

 バルコニーに出て夜空を見上げ、父を思い浮かべながら「お父さん、どう?」と囁きかけた。

 返事がない代わりに、まだ冷たい風が頬を撫でる。

 父が亡くなってしばらくは、私の世界の幕が下りたようだった。
 色のない暗闇の世界にいるみたいに。

 心にぽっかりと開いた穴は、今でも奥深く暗いままだけれど、それでもひと月、ふた月とカレンダーをめくる度に、胸の痛みは薄れてきたように思う。

 悲しまないでほしいと父は言い残した。
 だから、父を思い出しても悲しくなったりしないよう、言い聞かせている。

『一貴さんと幸せにな。おかあさんをよろしく。強そうで弱い人だから』

 お父さん……ごめんなさい。

 私、そのお願いは守れていないの。

 そのまましばらく、星を見つめた。
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