御曹司の激愛に身を委ねたら、愛し子を授かりました~愛を知らない彼女の婚前懐妊~
けれどいったいどんな思いで菫が奏でるトランペットの音色を聴いていたのだろう。

「私ひとりが家から逃げ出して自由だったんだ……」
 
そのとき洗面所からドライヤーの音が聞こえてきた。

黎がバスルームから出たようだ。

菫は両手で軽く頬を叩いて気持ちを整えると、目尻に残る涙を指先で拭い取る。

つらいのは菖蒲で自分には落ちこんだり泣く資格はない。

黎にも言わないつもりだ。

「え、まさかあれを見て感激して泣いていたのか? 泣くほど好きなら今度一緒に見に行こう」

リビングに足を踏み入れてすぐに菫の赤い目に気付いた黎は、テレビを指差し笑っている。

「あれ?」

見るとテレビに最近生まれたばかりのパンダの赤ちゃんが映っている。

「かわいい……」

ひとめで目を奪われた菫は身を乗りだしテレビを見つめる。

あまりにも小さくてまるでぬいぐるみのようだ。

「一般公開されたら見に行こう。あ、もちろんうちのちびも一緒につれて行きたいよな。パンダには悪いけど、うちのちびの方が絶対かわいいと思うぞ」

黎は声を弾ませ菫の隣に腰を下ろすと、まだ平らなままの菫のお腹にゆっくり顔を埋めた。

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