アムネシア
1章
眠る
これが正解なのかもしれないのに
それでも君は真っ暗な先へ行こうっていうのか。
苦しいのは自分だけだと思ってるんだろ?
だったら俺が解決してあげるよ。
一緒にいこう。
目を閉じて、3つ数えて。
「……あれ」
「大丈夫?」
ドラマの撮影現場を見てる夢を見てるのかと思ったら
目の前にその主演俳優が役のままの格好で私を見てる。
これはまだ夢の中?でもこの感覚はリアルだ。
あれ?ここ何処?私は何をしていたんだっけ?
「……体が動かない」
「無理しないでいい、君は貧血を起こして倒れたんだ」
「撮影は?」
「さあね。一旦中断したきり」
「私は大丈夫だから撮影に戻ってください」
「大人しくしてるんだよ」
そう言って優しく頭を撫でて去っていく。
確かバイト先の花屋のすぐ目の前でドラマの撮影があって。
お客さんも店員も皆そっちに夢中になって。でも私はそれほど興味を
持てずに仕事をしていたはずなのに。
どうしてこんな事に?
自覚はなかったけど夜間大学とフルでの仕事は厳しいのかも。
店長は理解をしてくれる人だから注意を受けるくらいで済む、といいな。
本来はとっくに大学を卒業しているはずだったのに私は一度逃げた。
今人生をやり直している所だから駆け足なのはしょうがない。
「実花里ちゃん大丈夫?急に倒れたから驚いた」
「店長すみません。お部屋を貸してもらって」
「そんなのはいいから。大学もあるんだし無理しないで」
「はい。気をつけます」
休憩して帰る準備を整えて店の裏口から出る。同じ時間の人は誰も居なくて
遅番さんと店長のみ。だいぶ長く眠っていたみたい。
ドラマ撮影なんて久しぶり。子どもの頃は女優の母親について行き
よく見ていたし、エキストラだけど飛び入りで出して貰ったりして。
それから。……、……色々あって、今に至る。
『良かった元気そうで』
「お酒飲んでるんですか。タイミング悪かったですね」
『打ち合わせで店に連れ出された。よくあるやつ』
連絡が欲しい、とメッセージを受けていたので電話をしたら
何度目かのコールでやっと繋がったけどガヤガヤと煩い音がする。
「売れっ子さんは大変ですね」
『今から大学?取り戻したい気持ちは分かるけど体を壊したら意味がない』
「あれから少し寝たし何とかがんばります。明日はまるっと休みですしね」
『そうなんだ。じゃあ一緒』
言いかけた所で女性の甘ったるい声が聞こえてきた。内容は上手く
聞き取れないし興味もないけど。
まるで彼にギュッと抱きついているみたいな距離感だから察せる。
「お疲れ様です」
私はそれだけ言って通話を終えた。
「あの、すみません。大学の関係者の方ですか」
大学の門まで来た所で突然声をかけられて振り返る。
見たこと無いくらい大柄な黒尽くめのオジサン。
演じるなら裏の世界のドンみたいな迫力。
「私は学生です」
「そうでしたか。私こういうものです。で、この近所でちょっとした
事件がありまして何か見てないかと」
「刑事さん?今来たので何も分かりません」
「そうですか。ありがとうございます、どうぞ入ってください」
手帳を見せられて嘘じゃないことは分かったけど夜に突然声を
かけられるのは怖い。びっくりして声を出しそうになった。
それに近所で事件だなんて物騒。
帰りはタクシーか或いは誰かと一緒に帰るしかないかな。
そこまで親しくはないけど帰る方向が近い人は居る。
「あの」
「うわああっ」
不意打ちみたいにいきなり声をかけられたら誰だってこうなる。
声が出て持っていたカバンを放り投げた。
< 1 / 30 >