アムネシア
3章
誘う
メールの内容を確認してどうしようか迷って。
先にシャワーを浴びて足シート貼って準備を整えベッドに入り。
部屋も暗くして俳優さんへの通話を試みる。
もしかしたらまた打ち合わせ中かもしれないけど履歴を見るだろう
くらいの気持ちだったけどすんなり繋がった。
待っていてくれた?のかもしれない。
『だいぶお疲れみたいだね』
「分かりますか」
『分かるよ。付き合いが長いから』
軽い挨拶をしたらすぐそんなことを言われた。
寝転んで喋っているからかもしれない。
「今日は街へ出ていっぱい歩いて」
『ひとり?』
「ふたり」
『君にもそんな知り合いができたんだ。詳しくは聞かないけど』
「もっと質問責めになるのかと思った」
『君が誰と出かけていたかなんてそんなの知りたくない』
「確かに興味ないですよね。ちょっと自信過剰発言でした」
私が休日を何処でどう過ごそうと彼にはどうでもいいこと。
何で一瞬「隠しておくべき?」とか緊張してしまったんだろう。
来画さんとデートしたわけじゃない。お喋りは楽しかったけど。
いや、その前に曽我さんと交際してないんだから、
私が何処でどうしたって自由。言うか言わないかも自由。
なのに何でこんな焦るのか。変な私。
『それよりメール読んでくれたよね。どう?』
「いい場所だとは思いますけど」
『自然が多いし人は少ないから。落ち着いて時間を過ごせる』
ドラマの撮影場所が車で2時間ほどの静かな別荘地だから
遊びにおいでという初めてのお誘いメールだった。
自然豊かでいい場所だというのは何となく知っているけど。
一般人である私はどんなテイで行けばいい?女一人は寂しいような。
撮影を見学するとしてもただの迷惑な追っかけファンその1だ。
『君が来るなら部屋を借りておく。そこで待ち合わせはどうかな。
この前は失敗したから少しは挽回したいんだ』
「楽しかったしあれは曽我さんのせいじゃないですから」
『母親から色々言われているだろうけど君を騙して無理やりどうにか
しようなんて無様な事は思ってないよ。
実花里の前では無力になる。……側に居ないと生きていけないくらい』
母親という言葉にドキっとした。お母さんにどう思われているのか
気づいてる?売れっ子同士で共演もたまにあるから何か言ったのかも。
酷い言葉は使ってないといいけど。
「お泊りは無理だけど遊びには行きます」
『良かった』
日程を確認すると丁度バイトは休み。大学は通常通りあるから
それまでに帰る段取りも付けて。
遠出のお出かけは本当に久しぶり。それも1人で行くなんて。
「私が過去に誘拐されていたって事をご存知でした?」
『君とは長いから』
「教えてくれなかったのは気遣い?」
『人の過去を丁寧に説明してくるなんて嫌だろそんな男』
「まあ、確かに」
『それに大事なのは今だ』
「過去が薄っぺらくて今の自分に自信が持てなくなっても?」
『これから何とでも出来る。過去より未来のほうが長い』
「そう、ですね。確かにそう」
僅かな時間の出来事で悩むほどの事でもないのかもしれない。
どれほどの悪い行為をしたとしても、子どものしたことだ。
なんて考えるのは甘いだろうか?
『私には今こうして君と話してる時間が大事』
「曽我さん」
『2人きりの時は詩流でいい。気にしないで好きに呼んで欲しい』
「だってこの前うっかりスタッフさんたち居るのに詩流って呼んで
それはもう冷たい視線にさらされたんですから」
特に女性からのお前は何様だ?という威圧オーラ。
『実花里さえ良かったら事務所スタッフに紹介しようと思うんだけど』
「要らないです。私は芸能界とは関わらずに生きていくから」
『それで君をスカウトしに来ないと思うけどね』
「どうせブスです」
『まさか。流石女帝の子だよ。気持ちを抑えるのに苦労するほど君は』
「そうなんだ。ふーん」
『機嫌を直してお姫様』
「また美味しいお菓子くれますか?」
『姫の為なら喜んで献上しますよ』
「ふふ。やった」
曽我さんは私の子どもみたいなワガママを許してくれる大人。
だから甘えて生意気なことを言ってしまう。
居心地が良くて寝落ちするまでずっと他愛もない事を喋っていた。
「大丈夫ですか川村さん」
「若干辛いかな」
足シートじゃ駄目だった。翌日さっそく筋肉痛で仕事が辛い。
油の切れたロボットみたいな動きしか出来ない。
「掛け持ちで土木関係のバイトも始めたとか?」
「刑事さんと一緒に聞き込みをしただけ」
「そりゃすごい」
お出かけするまでには直さないと不味い。
帰りに湿布を大量に買おうと決めた。