アムネシア
5章

焦り


 俳優さんの部屋に居候して2日目の朝。仕事は昼からで
夜は大学のスケジュール。
 だから朝は曽我さんと一緒に過ごせる時間。

 なんだけど。

「……寝させ…て?」
「ご飯くれなきゃ絶対嫌」
「……電話…しあてるから…」

 流石に10時になっても起きて来ないのはヤバいでしょ。ということで。
彼の部屋のドアをノックしまくって強引に起こしたけどすぐ戻ってしまう。
 やっと顔を見せたと思ったら眩しそうに目も開いて無い状態だった。

 昨日は少し話をしてすぐ寝なかったんだろうか。

「もしかしたら植物じゃなくて吸血鬼?」

 朝の会話は期待できそうにない。
暫くしてインターフォンが鳴ったので恐る恐る画面で確認すると
 食事を運んできてくれたみたいで。受け取りに行く。

 やけに箱が多いと思ったらお昼ごはんも一緒に頼んでたみたい。
 
「……実花里。おはようって言ったら怒る?」
「怒る所ですけど美味しそうなケーキがあるから許します」

 30分ほどしたらやっと部屋から出てくる曽我さん。それでも完全には
覚醒してないみたいで眠そうに目をしょぼしょぼさせる。
 既にぬるくなっているコーヒーを渡すと美味しそうに飲んでいた。

「朝はだめだ」
「吸血鬼ですもんね」
「あぁ……そうなのかも。明るいの好きじゃないし」
「役が来たら受けて。絶対観る」
「はいはい。姫の仰せの通りに」

 食事を終えて片付けもして。あとは仕事へ行く準備。
曽我さんはまだぼんやりしている様子でリビングのソファに座って。
 そんなに興味は無さそうだけどテレビをつけて眺めている。

「今夜は何か作ろうかな」
「本気で言ってる?以前君にりんごを剥いてもらったらメッタ切りにした
上に失敗して血が滲んてたよね?剥いている姿も狂気じみて怖かったし」
「そうでしたっけ?記憶が曖昧で」
「お嬢様は無理に台所に立たなくていいから、大人しく待ってて」
「……ごめんなさい」
「気にしないで。食事にそんな興味ないし。むしろ実花里が好きなものを
食べてるのを見てるのが良い。それでお腹いっぱいになる」
「じゃ、じゃあせめてご飯を炊く」
「困らせないで実花里。死ねって言うならもっと優しくして」
「死なないで」

 どうやら私が何かを作るという事が彼には死亡フラグみたいなので。
これ以上粘っても意味はないと判断して切り上げる。
 
 この部屋から仕事先まではちょっと距離があるけど行けない事もない。
車で送ってくれると言ったけれども週刊誌には載りたくないから歩く。
 私は一般人とはいえ調べたらすぐに女優の娘だってすぐにバレるだろうし。

 不安定だから一時的にお世話になっているだけだとしても
 お母さんにバレるのがまだ少し怖い。

 曽我さんに挨拶をして少し早めに部屋を出る。


「川村さん大丈夫ですか?襲われたとかって聞いたんですけど」
「いえいえ。そう言うんじゃないです。もしかしたら空き巣と
ニアミスしてたかも?っていうことで」
「十分ヤバいじゃないですか!女の一人暮らしはこれが怖いですよね」
「ええ、まあ」

 仕事を休む口実としてちょっと話したらすっかり私は事件の被害者。
でも怪我もないし精神的な恐怖も与えられず、
 だったかもしれない。という僅かな結果だけが残っている。

 勘違いの可能性も大いにあるのに。刑事さんが動いてくれて。
 相手が私だったからというのもあるのかも。

 申し訳ない。

「アムネシアですか」
「あ。ええ、ロマンティックな薔薇ですよね」

 空いた時間に夢でみた花を探して資料を漁っていると見つけた薔薇。
 何処かで見たという記憶しかないのに何で夢に出てきたのか。

「そうですか?私は真っ青なのが好きなんですけど」
「ブルーローズもいいですね」
「アムネシアって直訳すると健忘ですよね。なんで何でしょうね」
「……健忘、ですか」
「忘れるほど綺麗?うーん。よく分かりませんね」
「そうですね」

 もしかして私の中の何かが「忘れないで」と訴えている?とか。
 或いは「このまま私を忘れていて」という意味だったりして。

 私はどうしてもその辺の踏ん切りがつかない。

 曽我さんの気持ちを聞いても何もなかったようにしたように。
彼が望んだ事でもあるけれどそれは多分私の気持ちを察して。
 甘えるところだけ甘えて嫌な所は逃げてみないふり。

 自分のことながら凄く嫌な女。

 来画さんのこともきちんと謝って距離をとらないと。
 良い所どりはどっちにも失礼だ。



「こんばんは」
「こんばんは」

 仕事を終えて大学へ向かう為に裏口からでてすぐ。
 スーツ姿の来画さんが目の前に出てきた。

「君の部屋に行ったら居ないから。連絡しても反応が無いし」
「ごめんなさい。バタバタしてて」
「曽我さんの部屋に行ったのはマジだったんだなって思って。
ちょっと…いや、だいぶ妬いたけど。そこは信頼の差だから諦めてる」
「来画さん」
「ちょっと話せないかな。親とも話をしてきて情報を更新したい」
「……、はい」
「じゃあ俺の車に乗って。と、格好よく行きたいけど。先輩から借りたやつ
なんで。変なもの置いてても俺のじゃないですから」

 親と話した事ってなんだろう。どんな話を聞けるのか。
不安もあるけど知りたい事でもあるから興味はある。

 彼の案内で車の元までいって助手席に座った。

「……先輩さんって女性なんですね」
「いや。男だけど何で?」
「ストッキング……と…あ、なんでもないです」
「何を見ようとそれは俺のじゃないから」
「……」
「ごめん」

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