アムネシア

探り


 足元の何となくバッチイそうなモノを足で隅っこに追いやって。
大学へ向かう道を淡々とBGMもなく進む。

 乗せてもらう場合母親の所有する車か曽我さんの車である事が
多くてどうしても人の視線が気になるけど、ここでは気にすること
 なく堂々と乗っていられる……のだけど。

 乗せてもらっておいて言葉が悪いけど結構な年季が入っている
というかボロいから違う意味で人の視線が気になる。


「それで。どんな感じですか?情報って」
「ああ、うん。ちょっとそこにとめる」

 まだ大学は見えてこない暗い道。路肩に車がとまり。

「……」
「そんな不安そうにしないで。話に集中したいだけだから」
「貴方に不安を抱いているわけじゃないです。自分の問題なので」

 来画さんの親からの情報、きっと私があまり良い人間じゃないとか
 子どもだけど凄く悪いことをしたとかに違いない。

 人に嫌われるのも嫌だけど、何より自分が嫌いになる話は辛い。

「でもきっと俺に不信感を抱くと思う」
「え?」
「仲良くなりたいし本当は黙ってるほうが良いんだろうけど。
自分を偽ってる事が俺にはできそうになくて」
「……というと」

 来画さんは言いたく無さそうにしながらも、深く息を吐き。

「ここ数日母親が君を監視していて妹もそれを知ってた。
親父は何も言わなかったけど把握してたはずだ」
「……そう、なんですね」
「現場の目撃証言を集めていくと俳優のファンでも撮影スタッフ
でも無い地元の人間でもない。完全に素性の知れない女が出てきて。
その特徴が妹としか思えなかったけど上司には言わなかった」
「……」
「それできちんと話を聞きに言ったらあっけなく妹が認めた。
全ては俺を守るためだって。君の荷物を漁ったのは俺の妹だった。
母親が安心するように情報を得ようとPCも勝手に触ったと」

 隠さずに伝える。自分の家族がしたことを。

「……」

 私はただただ黙っているばかり。

「復讐されると思ったって」
「え?復讐?」

 私がされる側でなく、する側?

「誘拐事件は俺と曽我さんの母親が金で雇った男にやらせた事。
目的は実花里さんの父親が誰か知るため」
「私の父親はすでに亡くなってると聞いてますけど」
「母親はそれが信じられず強引に聞き出そうとした。
簡単な脅しのはずが俺たちまで攫われた上に1日の予定が男たちが
音信不通になった事で頓挫したようです…最後は金で解決」
「本当は私だけが攫われる予定だったんですね。ごめんなさい巻き込んで」
「俺が謝らないといけない」
「ううん、お母さんが素直に言わないからいけないんです。
どうせ嫌味っぽく突き放したに決まってますから。私のこと以前に
きっと色んな反感を買ってたんでしょうね。そのツケが来た」

 ああ、あっけない。そんな事の為に怖い思いをしたの?

 でも事件なんてそんなものなのかも。全ては母親の日頃の行い。
何も知らない子どもを誘拐させるのは良くないけど、だからって自分の
母親を庇う気にもなれない。

 恐らくは各々の父親と何かしら大人の関係はあったのだろうし。
自覚してもっと謙虚に返事をしていたら違ったはずなのに。
 
 女優というプライドが許さないのだろうか?

 女優って何?

「呆れたけど家族を説得しようとしたんです。だけど、
君がわざと俺に近づいてきて誑かして復讐しようとしてる。
だから目を覚まさせたいって。母親と妹はそれしか言わない」
「答えは聞けてないんですよね。もしかしたら貴方の妹かもしれない。
それに、記憶がないフリをして復讐だって考えているかも」
「それは俺も考えた。何となくで呼び止めたのは俺だけど。
君のことを分かってるようで本当は何も分かってないし」

 曽我さんと違ってあのパーティの場で初めて出会った来画さん。
気が合ったのかも知れないけど、言ってしまえばそこまで。
 その瞬間の思いもそれからの怖い思いも全部ぼんやりしてる。

「今なら良い過去の思い出のまま終われそうじゃないですか?」

 例え再会して改めて彼に魅力を感じているとしても。
 ここは静かに去るのが良い。

 多分違うと思うけど、もしも兄妹だったら尚の事。

「付き合ってもないのに別れ話は変じゃないですか」
「別れ話…じゃないです。再会する前に戻るというか」
「自分を偽るのは嫌いなので知ってるのに知らないふりは無理ですね」
「じゃあお知り合い」
「今そうですよね。友達のつもりはなかったんで」

 そっか。何も始まってないのに何を意識してたの?私。

「では改めてお友達に」
「無理です」
「ご家族が嫌がりますよね。すみません」
「好きって分かってて友だちになる気はないので。
実花里さんには気になる女性のままで居て欲しい」
「自分で言うのもアレですけど私は面倒くさいですよ?
お母さんは介入するし曽我さんも居るし。優柔不断だし」

 でも確りとしたお仕事の真面目な人だから母親に気に入られそう。
容姿も良いからむしろ奪い取ろうとしそうな不安すらある。流石に
 過去に関係した男の息子に手を出そうとはしない。と思いたいけど。

「結論は出さなくていい。俺は不利だからまず信頼を勝ち取らないと」
「私が言うことじゃないけど家族仲良くしてください」
「説得は続けていきますよ。でも、君に害を与えるとなると話が変わる。
荷物は漁ったが襲ったことは否定したので一応信じましたけど。
もし実花里さんに何かあればすぐに取り調べると伝えてあります」
「……私の存在は良いことないですね」

 女優で居続ける母親にとっても重荷のようだし。
 他の人の家庭を壊しているみたいで。申し訳ない。

「実花里さんが居てくれて俺は嬉しい。俺の味気ない世界に花が咲いた」
「来画さん」
「あの時はチビでガキで何の力も無かったけど。今は違う。
俺が君を守るから。どうか信じて欲しい」
「守ってくれる気持ちは本気だって信じます。けど」
「けど?」
「この車の中じゃいまいち頭に入ってこないです」

 よく見れば見るほどいかがわしいアイテムが乱雑に放置されてる。
気づいてしまうともうそれにばかり視線がいく自分が嫌だ。
 一体どういう関係の人の車?警察の人じゃない事を祈りたい。

「本当にごめん」
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